第69話

 おじさんにエサやりを任された私達は、人生初のそれに少し緊張しながら肉を鷲掴みにしていた。飛竜達の知能の高さに舌を巻きながら、手に乗せたエサを口元へと運ぶ。

 拳大のそれを、彼らは一口でぱくりだ。手ごといかれた日には無事じゃ済まないかもしれないなんて考えながら、利口な彼らを信用するつもりでバケツの中身を減らしていく。

 目当てのエモゥドラゴンはマイカちゃんの方に、一番最後に並んでいる。私達の前には十匹前後の飛竜が並んでいるけど、金色の鱗を持つドラゴンは一匹だけだから分かりやすい。他にはハロルドでも見かけた種類のも何匹か居て、なんとなく懐かしい気持ちになる。


「とりあえず一個ずつね。はい、次はあんたね」


 マイカちゃんは彼らを、完全に言葉が分かるものとして扱っている。人に話しかけるのと同じテンション、同じ声色だ。

 私は自分のエサやりと彼女の様子の両方を確認しながら作業していた。その時だった。


「コラ! 次はこの子の番でしょ!」


 最後尾に並んでいた金色のドラゴンが小柄な体を生かして割り入ったらしい。エサを食もうと首を伸ばしてきたところを、マイカちゃんは見逃さなかった。


「めっ!!!!!!!」


 彼女の全力ビンタが炸裂してエモゥドラゴンが横に吹っ飛ぶ。ぶつかりそうになった私と、私の手からお肉を食べていた飛竜は離れるように軽く飛び退いた。

 いや、待って。これから仲良くしようって言ってたじゃん。なんでシバくの。「めっ!!!!!!」じゃないよ。


「ちょっとマイカちゃん!」

「何よ! この子が割り込みしたのよ!」

「いや見てたけど!」

「じゃあランは悪いことをしたのを見逃せっていうの!? そりゃ私だって信頼関係を築きたいと思ってたけど、信用できないような子に仲良くなろうとは言えないじゃない!」

「それは確かに一理あるけど、何も吹っ飛ぶくらい叩かなくてよくない!?」


 言い争いをしていると、エモゥドラゴンがゆっくりと体を起こしてクー! と吠えた。むすっとした顔でマイカちゃんを見つめている。どうやらそこそこ頑丈な種類らしい。やわなモンスターならあれでノビててもおかしくないから。

 不穏な空気を察知したのか、周囲の飛竜達も水場から離れる。私も彼らに続きたかったけど、そういうわけにはいかないだろう。この場には私にしかできない使命がある。


「とりあえずさ、二人とも落ち着きなよ」


 マイカちゃんはドラゴンの視線に気付いて、上等だと言わんばかりに睨み返していた。私にしかできないこと、それは喧嘩の仲裁だ。悲しいけど。でもまぁ、人それぞれ果たすべき役割ってあるしね……。


「まぁいいわ。じゃあドラゴン。列に割り込むような卑しい性格の持ち主であることと、みんなが秩序を持って並んでいるということを理解できない馬鹿であること。どちらであることを認めるのか、聞かせてくれる?」

「バチバチに煽ってくスタンスやめてくんないかなぁ、マジで」


 私はマイカちゃんの肩をぐっと掴んで引き寄せようと力を込める。だけど全然ビクともしない。彼女は仁王立ちをして、少し上にあるドラゴンの顔を鋭い目付きで見上げていた。

 煽るのは止めろと言った私だけど、そこまで彼女の言葉に危機感を覚えたりはしていない。それほど細かく人間の言葉を理解できると思っていないからだ。しかし、この挑戦的で一触即発な空気は感じるだろう。

 大事になる前に、そう思って二人の間に割り入ろうとした、その時だった。エモゥドラゴンの体がぐんぐんと大きくなる。雛を除けば最も小柄だった彼の体は、群で一番大きい体を持つグリーンのドラゴンより大きくなってもまだ止まらない。


「グオオオオ!!」

「なっ!?」


 おじさんは言っていた。エモゥドラゴンは感情を糧に強くなると。おそらく、彼は怒っている。まさか、マイカちゃんの言うことが理解できたのだろうか。そうじゃないと彼がこのタイミングでキレる意味が分からない。マイカちゃんの言い方が随分アレだったのは認めるけど、それにしたって逆ギレなんですけどね。


「上等よ、来なさい」


 そう言って彼女は構える。いや来なさいじゃないから。こんな言い方は良くないかもしれないけど、この子まだ売り物なんだよ。っていうか、普通の飛竜二、三体分くらいありそうなドラゴン相手に戦うつもりなの?

 周りの子達も面食らった様子で、騒動に巻き込まれないようにさらに距離を取っている。近くにバケツはあるけど、マイカちゃんに吹っ飛ばされたくないのか、その中に顔を突っ込んで火事場泥棒しようとする子はいないようだ。

 小屋の方を見ると、おじさんが腕を組んでじっと見つめていた。止めようとする様子はない。やってみろ、ということだろうか。


「マイカちゃん、一応言っとくけど、私は何もしないよ。あと拳の精霊石使ってあの子を傷付けるのは無しね」

「トーゼン。これは私の躾よ」


 命がけの躾もあったものだ。私は少し後ずさって、この戦闘の成り行きを見守ることにした。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る