第84話


 私は荷台の後ろではなく、ルークの隣で疾走する馬車の風を浴びていた。マイカちゃんは未だに腑に落ちないという様子で、不機嫌そうだけど、あのときできる最善策を尽くしたつもりなんだから、そんなに怒らないでほしい。


「何もランがあんな危険に身を晒す必要なかったでしょうが」

「そうかなー? あの中で親分を助けるなんて大胆な判断が出来たのも、それを実行できたのもランしかいなかったと思うけど」

「あえて恩を売る、か。咄嗟の判断としては上出来だったぞ! わはは!」

「それはまぁ、そうなんだけど……」


 マイカちゃんとドロシーさんは荷台から頭を出して会話に参加している。マイカちゃんですら、ああするしかなかったというのは理解しているようだ。


「思ったより義理堅い山賊で助かったな!」

「そうだよ、そこだけが心配だったよ」

「子分達が一生懸命穴に落ちた親分に呼び掛けてたからね。ああいう慕われ方をするような人が根っからの悪人だと思えなかったんだよ。それに自分で穴に落ちてそのまま死ぬとか、流石にかわいそうだったし」

「なるほどねー」

「それよりも、積荷は無事?」


 私はマイカちゃん達に振り返って問う。


「大体は無事よ、木箱の一つは運悪く弓矢の標的になっちまったがな」

「っていうかドロシーがそれを盾に戦ってたんでしょうが」

「しょうがないだろ。ま、中身さえ無事ならどうってことないだろ!」


 私は彼の大雑把さが嫌いじゃないんだけど、依頼人がなんと言うだろうか。一応中身が無事かどうか確認した方がいいんじゃないかと提案してみると、マイカちゃんが見に行ってくれることになった。

 ひょっと顔を引っ込めてすぐ、「んー!」とか「ふん!」とかいう声が後ろから聞こえてくる。盾に使われたという木箱がどれかはなんとなく想像がつく。一つだけ中身の想像が付かないくらい大きな箱があった。あの身の丈ほどの木箱のことだろう。

 乗り込んだ時からぼんやりと邪魔だなぁとは思っていた。確かアレ、釘で打ちつけられてたと思うんだけど、マイカちゃん、まさか道具を使わないで開けようとしてる……?

 何か道具使いなよ、と声を掛けようとした瞬間、「開いた!」という声が響いて、さらにその直後「っぎゃーーーーー!」なんて声が響いた。

 心配したドロシーさんも顔を引っ込めて様子を見に行くと、すぐに「ぬわーーーー!」という雄叫びのような声が聞こえてきた。


 私とルークは顔を見合わせて肩を竦める。なんだっていうんだ。気になった私は立ち上がって荷台へと移動すると、木箱の中身を覗き込んだ。

 そこには顔面蒼白になった女性が震えていた。いや、怖いの分かるけど、私達も十分怖い思いしてるから……え……?


「えーーー!?」

「ちょっとドロシー! これどういうことよ!」

「やられた……まさか積荷の中身が王女とは……」

「え!? この人王女なの!?」


 人が入ってただけでも驚きだっていうのに、ドロシーさんは彼女を王女と呼んだ。どうなってるんだ、もしかして、人攫いの片棒を喝がされた……?


「びっっっっっくりしたー……えーと、お前達は運び屋だな?」


 王女と呼ばれた女性は頭を掻きながら木箱から起き上がると辺りを見渡している。もっと可愛いのを想像してたんだけど、実際はその逆で、かなりボーイッシュな外見をしている。

 木箱で横になっていたせいか、赤い短髪が乱れているけど、それすら絵になるというか。私も昔はよく男の子に間違えられたけど、そういう次元じゃない。華やかな顔立ちで、女の子にキャーキャー言われてそうな人だ。


「あー、大臣の奴、本当に実行するとは……度し難い……」

「え、えっと……?」

「自己紹介が遅くなったな。私はリード・マッシュ。マッシュ公国の第一継承者だ」


 ついていけない。私がマイカちゃんを盗み見ると、彼女も首を傾げて怪訝そうな顔をしている。だよね、意味分かんないよね。


「私はドロシーと申します。こちらはマイカとラン。この度の作戦を手伝ってくれている協力者で、馬車の手綱は私の実妹が握っています。しかし、なぜ王女がここに」


 ドロシーさんが問うと、リードさんは顎に手を当てて、難しい顔をしている。まさか、亡命……? マッシュ公国の事情は知らないけど、どこかと戦争になりそうだという話は今日まで聞かなかった。きっと何か深い事情があるんだろう。私達はリードさんの言葉を待った。


「私の趣味は女の子を誑かして遊ぶことなんだが」

「ろくでもない趣味ね」

「マイカちゃん!」


 私はマイカちゃんの口を押さえて、どうぞどうぞと続きを促す。もう、この子思ったこと安易に口に出し過ぎだよ……。


「最近は目に余るから控えるようにと大臣に言われていたんだ。元々大臣はお堅い人だから黙っていられなかったのだろう。彼の顔を立てるため、私もしばらくは控えようと思ったんだが……タイミング悪く言い寄ってきた女がいてな。据え膳食わずは女の恥。軽率に手を出してから、その子は大臣の娘だということが分かったのだ」

「そりゃ謹慎処分にもなるわ」

「マイカちゃん! しー!」


 まぁとにかく、事情は分かった。ということはこの依頼をしてきたのは大臣ということだろう。ドロシーさんが相手の無理を叶えようと尽力したのも肯ける。


「ところで、なんかさっきから臭くない?」

「あぁ、さっきから私の入っていた木箱にズバズバと矢が刺さるのでな。怖くて漏らしたんだ」

「なに淡々とおもらし報告してんのよ! ばっちぃじゃない!」


 王女だろうとマイカちゃんはお構いなしでツッコミまくる。そしてさらに鼻を摘んで「アンタ自分で拭きなさいよ!」なんて言って怒鳴っている。マイカちゃんは強いなぁ、色んな意味で。

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