第12話


 肉をパンで挟んだ手軽な朝食を摂りながら、私はマイカちゃんとテーブルを挟んで向かい合っていた。昨日は疲れていたからか、本当にぐっすりだった。おかげで昨日のイヤなこととか、そういうのも少しだけ忘れられた気がする。

 それにしても、この子は本当にいつも美味しそうにご飯を食べる。あとよく食べる。たまに「そういうオモチャみたいだな」なんて思いながら彼女の食事を眺めることもあるくらい。

 しかし和んでばかりもいられない。もらってあげようか? なんて言いながら、返事も待たずに私のご飯をぶんどろうとするので、細心の注意が必要だ。


「これ、結構いけるわね」

「うん。美味しいよね。こういうシンプルな食べ物っていいよね」

「そうね。素材の味ってやつ?」

「湖の向こうにいるアンガーバイソンってモンスターの肉らしいよ」

「へー」


 あっという間に平らげて二つ目に手を伸ばす。マイカちゃんに言おうと思っていて、まだ伝えていなかったことがある。別に言いにくいことではないっていうか。街に着いてからはマイカちゃんは主にお口周りがキラキラしてたし、私も私で色々と歩き回ってたから、タイミングがなかっただけだ。


「ねぇマイカちゃん」

「何? それくれるの?」

「ポジディプな解釈やめて。あのさ、私達の戦い方というか、そういうものについて話をしたいんだけど」

「モンスターが出て来たら一緒に頑張る。それじゃ駄目なの?」

「多分それが通用するのはマイカちゃんだからだよ」

「ランだって戦えてるじゃない」


 マイカちゃんはきょとんとした顔でパンを頬張る。私だってそれなりに攻撃を躱したり、たまに刃が当たったりしてラッキーを起こしてはいる。だけど、それは私の実力じゃない。っていうか本当に何度も言うけど、マイカちゃんが強過ぎるんだよ。


「私はちゃんと戦えてるっていうよりも、武器がすごく強いから、それに助けられてるだけっていうか」

「なんでもいいじゃない。その武器に仕上げたのはランなんだし。それは即ちランの強さ。違うの?」

「わ、私だってかっこよくしゅば! って飛んだり、ざしゅ! って攻撃したりしたいんだよ!」

「子供みたいな本音で私に八つ当たりしないでよ……」


 彼女は若干引いた目で私を見る。悲しい、そんな目で見られていることも、戦闘で大して役に立たない自分も。あと強くなれそうな見込みがないことも悲しい。

 口の中に入っていたものを飲み込んで、水をこくりと飲んでから、マイカちゃんはしみじみとした様子で言った。


「前々から不思議だったのよね。ランって武器を出したりしまったりするときは慣れた手付きでわりとカッコいいのに。動きが完全に素人っていうか」

「ぐっ……でも言ってる意味はすごく分かる……」


 多分、鍛冶屋とかいう職業のせいだ。鞘に納めるような武器なら、調整の為に何度も出し入れをする。剣と鞘がゆるゆるで扱いにくいとかあるし。そういうのを繰り返していたおかげで、私は武器の扱いだけはまともだ。というかかなり慣れてると思う。だけど、実際に戦闘で使ったことはない。というか戦闘経験が無い。

 この、職業柄とも言える特殊なアンバランスさが、私をよりへんてこな感じにしているのだろう。はぁ、本当にイヤだな。


「ランは何故か嫌がってるけど、やっぱり魔法を多少使っていかないと、厳しい気がするわ」

「うーん……」


 それは正論なんだけど……実を言うと、あんまりその力に頼り過ぎたくないと思っている。たまーに、ちょこっとならいいんだけど……。いつもその調子じゃ格好悪いっていうか。

 あと、現実問題として、祝福の付与と彼らの力を攻撃に転じることは、似ているようで全くの別物なので、呼び掛け方がイメージしにくいってのもある。とにかく、私の魔法的な力を戦闘に使用するには、彼女が言うほど簡単じゃない。


「まぁ、私も人のことは言えないんだけどね」


 マイカちゃんは食事の手を止めて、眉間に皺を寄せている。憧れに拘っているという共通点について話しているのかな。彼女の場合、本当に見込みが無いからね。魔法に憧れる子供は珍しくないけど、思春期でもないのに、思春期特有の病を患っていることを気にはしているらしい。


「ほら、感覚でパンチとかキックしてるだけだし。武術でも習っていればと後悔する日が来るだなんてね。もっと得意分野を活かさなければいけないという点では、私もランと同じ立場だわ」

「そっちかよ」

「なに? どういうこと?」

「いや、なんでもない」


 びっくりしたー……この人自分のソレ、全然気にしてないじゃん……。

 私はマイカちゃんの性格というか、性質に改めて深く同情した。私は素質があるだけで、性格が全く魔導師向きではない。もう分かると思うけどさ。呪文とか詠唱とか、そういうの恥ずかしいし。女神や精霊は”ねぇねぇ”って心の中で呼び掛けたら出て来てくれるから、仲良くしてもらってるだけ。

 一方でマイカちゃんはその逆だ。彼女に素質が備わっていればと思うと残念でならない。まぁ何目線だって話なんだけど。


「まぁお互いに課題や譲れないスタイルはあるよね」

「マイカちゃんの謎の詠唱についてはマジで譲って欲しいんだけどね」

「ところで、向こう岸についてからの予定なんだけど」


 華麗に話を逸らされて震えが止まらなかったけど、私は彼女に調子を合わせた。向こうについたら何をするか。それは非常に大切なことだ。

 アクエリアのことを考えると、ピコの街もそれなりに栄えていると言ってもいいだろう。やっぱり水が豊かな街ってそんな感じだよね。山の方とか、大体隣の村と水の取り合いしてギスギスしてるイメージあるし。絶対怒られるイメージだけど。


 私はマイカちゃんと情報を共有した。当時の新聞にどんな風に書かれていたかとか、そこから巫女の話もした。マイカちゃんは全くピンときていない様子で、「もしかして巫女、可哀想では?」という顔をしている。そうだよ、可哀想なんだよ。もっとちゃんと憤って。


「巫女を塔からどうにかして連れ出せればいいってことなのかな」

「おそらくはね。ただ、まだ生きてるかは分からないけど。その場合、塔本体の破壊が必要になるかも」

「生きてるかわかんないって、どういうことよ!?」

「だって、生命力を捧げるんだよ? もしかしたら、柱を具現化するときに生命力を吸いつくされてるのかもしれない」

「あぁー……そっか……。世界を救う為なんて言ってるけど、そのためにこんな形で犠牲者を出すなんて」


 マイカちゃんは複雑な表情をしている。きっと彼女は、勇者が魔王を討伐の旅に出ていると聞いても、何の違和感も抱いていなかった人だ。私みたいに「わざわざバランス崩す必要ある?」と思っているのはむしろ少数派だろうし。

 世界が良くなるに違いないと、勇者の行いを盲信する人は多い。私だって、街のことがなければわざわざ止めようとまでしなかっただろうし。


「柱の巫女と、私達の街と。大勢の命を犠牲にして戦わなきゃいけないほど、意味のあるものなのかな」

「……答えは分かってるでしょ」


 私はそう言って、パンの最後の一口を口に放り込む。

 表情は至って真剣だ。


「無い。そう思ってるから、私達はここにいる」

「……それもそっか。私達、悪者ってことになるのかな」

「そうかもね。でも、臆病者より、ずっといい」


 時の流れと勇者の行動に全てを委ねて、自分は何もしようとしない人になるくらいなら、私は世界中から嫌われてでも、自分の大切な人達を守る。


「ラン……あのさ、ほっぺにソース付いてるよ」

「いま絶対そういうこと言うタイミングじゃなかったよね」


 台無しかよ、と思いつつも、腕でごしごしと頬を拭ってみせる。マイカちゃんは周囲を見渡して小声で言った。


「ねぇ、ピコ行きの人達ってこんなもんなの?」

「まぁ深夜出発の便だったからね」

「うーん。私達、人の流れに逆らってる気がする」

「どういうこと?」

「ハロルドでお祭りがあるでしょ。だから、逆方向の船や馬車はもっと人が多かったりするのかなって」


 言われてみれば、馬車の乗客も私達だけだった。降りてくる人達はそれなりに居たようだけど、あのときはまだ待合所でマイカちゃんを説得していたので、ちゃんとした人数は見ていない。


「まぁ、そうかもね。でも、それが何か?」

「ううん……ハロルドに、人が集まってるんだなって」

「……そうだね。絶対に、守らなきゃ」

「お祭りが始まるまで、あと五日、か」


 マイカちゃんがそう呟くと、誰かが大きな声でみんなに呼び掛け始めた。声のした方を見ると、船乗りがメガホンを持っていた。


「そろそろ到着します! 乗客のみなさま方、荷物をおまとめになって、スムーズな乗り降りにご協力下さい! 次の便の出発時間に差し支えますので!」


 食事を終えていた私達は甲板に出た。すると、町はもうすぐそこだった。


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