第11話
日付を跨いで深夜。私達は船着き場に居た。チェックアウトのとき、旦那さんに事情を話したら、ほんの少しだけ宿代をまけてくれた。なんだか申し訳ない、急に発つことになったのはこっちの都合なのに。
お礼を言って宿を出て、足早に湖へと向かって。そうして私は、腕に力を込めてギリギリと踏みしめるように、一歩一歩乗り場へと進んでいた。
「いーーーーーーーやーーーーーだーーーーーーー!!」
「もう! いい加減にしてよ! 観念して!」
「誰がなんと言おうといーーーーーーーーーやーーーーーーーー!!!!」
「その為に鉄の胸当て買ったんでしょう!?」
「いや違うけど!? ランが危険な旅になるかもって言ったからでしょ! ゲーしたのガードするつもりなんてこれっぽっちもないわよ!」
「でもできるよ!」
「それはありがたいけど! 私はできればゲーしたくないの!!」
船に乗る前に「あっ、乗り物に乗るんだ」と気付いてしまったマイカちゃんの手を引いて、かなり強引に船内に乗り込んだ。っていうか力じゃ全然敵わないから屈強な船乗りさんに力を借りた。それも二人。
まぁ乗る前に気付いてくれなかったら鈍感過ぎて逆に心配になるだろうからいいんだけどさ。だからってあんなに激しく抵抗しなくてもいいと思うんだ。
黒々とした水面を見下ろしていると、船は出港した。飲み込まれそうで、ちょっと怖い。昼間見た時はあんなに綺麗だったのに、少し条件が変わっただけでこんなに見え方が違ってくるなんて。人も自然も、色んな物は表裏一体なのかもと思わされた。
生け贄が捧げられたらしいという記事のことを思い出す。その子がまだ無事であることを祈るばかりだ。私が真面目な顔で物思いに耽っていると、横から声がした。すっかりと旅の装いにも慣れてきたマイカちゃんだ。
「ねぇ、ラン。私に何か言うことあるよね」
「……え?」
「え? じゃないけど!? ねぇ! 合金は!? どこまで取りに行くの!?」
船の揺れは案外平気らしい彼女は、私にくっついて夜の湖を眺めていたのだ。というかくっついてきたのも、これが聞きたかったからだろう。もう船にも乗っちゃったし。そろそろ教えてもいい頃なのかもしれない。
後戻りできなくなってから全てを打ち明けるって、完全に悪党のすることだよなぁなんて思いながら、私はやっとマイカちゃんの勘違いを訂正した。
「そんなのないよ……マイカちゃんが勝手に早とちりしたんじゃん……」
「はぁ!? 何よそれ! それを訂正しなかったのはランでしょ!」
正論をびゅんびゅん投げつけられる。仰る通りです。私がマイカちゃんの勘違いを放置して、そう思わせといた。そっちの方が都合がいいから。
酷いことをしたとは思ってるけど、どっちかっていうとその勘違いを元にマイカちゃんが発展させた、私がマチスさんを陥れようとしてるに違いないとかいう勘違いの方が酷いし、あんまり謝る気持ちはないんだけど。
でも彼女に事実を伝えてこなかった理由はそんなところにはない。言わなかった理由、それは別のところに明確に存在している。
「言ったって、どうせ信じないよ」
そう、きっと、信じない。絶対にみんなが信じてくれるなら、それを説明して避難するなり、他に協力者を探すなりしてたよ。でも、私が感じたあの勇者のオーラ。あれを説明するなんて無理だ。
私自身は色々な国や組織の研究員や魔術士がスカウトに来たから、自分の力をなんとなく把握してるけど、みんなはそれほどのものだとは思っていない。要するに、私が「オーラが〜」とか、そんなことを言っても説得力に欠けるのだ。
暗い顔をして水面を見つめていると、マイカちゃんは真っ直ぐと私を見て言った。
「そうだね。でも、ランがその何かを信じて本気になってるってことは、信じる」
「マイカちゃん……」
「バカバカしく感じたら私一人でも帰るけど」
「あっ絶対教えないわ」
こんな言い方されたらもう無理だよね。私だって馬鹿げてると思うもん。っていうかそうじゃなかったら最初からこんな手段取ってないんだよ。どんな言い回しをすればいいのか、全く思いつかない。
「教えなさいよ」
「えー……帰すつもりはないけど、これ聞いたら本当に後戻りできなくなるよ。私のこと嫌いなのに、いいの?」
「……ま、私も一緒ね」
「何が?」
「私も、ランは”私がランを嫌ってると思い込んでる”って、知ってて放置してたし」
「……え?」
なんだか急展開だ。私は船の外に向けていた視線をマイカちゃんに向ける。彼女は手すりを片手で掴んで、じっとこちらを見ていた。
「私、ランのこと、別に嫌いじゃない」
「……そう、なんだ」
「ムカつくだけ。何年も前から」
「それもう嫌いだよね」
何も変わらないじゃん。好きって言われるのかと思ってちょっとだけドキっとしたじゃん。面と向かってムカつくなんて、あんまり言われたことないから結構傷付いたよ。傷心通り越して焼身しそう。
「ほら。私も言ったんだから。ランも言いなさいよ」
「えぇ……」
”言った”って言っても、街の一大事と個人から個人への感情とを一緒にしていいのか分かんないし、そもそも嫌いからムカつくに訂正されても私的にあんまり変わんないし……。
あ、今、手すりがミシ……って言った……。早く言わないと船が破損する……。気持ちは逸る一方だけど、どう説明したものか。考えても分かんないから、もうそのまま伝えることにした。
「……はぁ。あのね、私、街を守りたいんだ」
「え?」
「ハロルドを。あの台座から剣が引き抜かれたら、街は崩壊するんだってさ」
「ちょ、ちょっと。バカじゃないの?」
「四大柱を出現させた勇者と、村長が話してた」
そうして私は何故これを知るに至ったか、経緯を説明した。あとは、街を出る前に剣にやった悪行とかも。マイカちゃんは複雑な表情を浮かべて、それでも最後まで話を聞いてくれた。
「……それが本当なら、絶対に柱を封印し直さなきゃいけないわね」
「マイカちゃん……?」
「ランはとりあえず黒の柱の攻略までは私と一緒に行動するつもりだったんでしょ。だけど、多分……そのあとは私を帰すか、安全な場所に住まわせておくつもりだった。違う?」
「……そうだよ」
彼女の言う通りだ。柱が消えれば、勇者はすぐに原因の究明に動くだろう。そのときに危険に晒されるのは、私一人で十分だ。私が守りたい街っていうのは、街そのもので、街の人達で、その中には当然、マイカちゃんも含まれる。ちょっと癪だけど。でもやっぱり傷付いて欲しくない。
マイカちゃんは私の両頬を、手のひらで優しく挟む。何かな? と思う間もなく、頬を両側からものすごい力でギリギリと押された。
「いらいいらい!!」
「私も付いてく。文句は言わせない」
「いらいいらい!!」
「返事は!?」
「わ、わ、わかったよ! わかったから!」
「ふんっ」
「なんで分かったって言ったのにさらに力を込めるの!?」
こうして、大きな湖の上で、私達は最後まで一緒に旅をすることを誓った。
あと頬の痛みは一時間くらい取れなかった。
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