第185話

 マイカちゃんの漕ぐ舟はゆっくりと、しかし確実に管理塔の方に向かっていた。私にはどうやって舟を真っ直ぐ進めているのか分からないけど、彼女にそれを聞いても「そんなのなんとなくでできるでしょ」って言うに決まってるからつっこまない。漕いでくれてありがたいなーという気持ちを胸に、顔にほんの少しの風を受けていた。

 ちゃぷちゃぷと湖を移動してまず思ったのは、魔物の姿が無くてよかった、ということだ。ある条件が揃った水分があるところでは、ニールが力を発揮できるらしいけど。よくない発揮のさせ方をするビジョンしか見えないから、できればそんな場面に遭遇したくない。


「マイカちゃん、キラキラしないの?」

「塔を下ってきたのは、落ちてきた感じだから平気だったの。今は自分で漕いでるせいか大丈夫よ」

「ふぅん……でも、良かった」


 ここだけ見れば、私は心からマイカちゃんのことを心配する優しいお姉さんに見えるだろう。だけどそうじゃない。いや、そうなんだけど、それだけじゃない。

 だって今マイカちゃんがキラキラしたら、私の背中が終了するから。だから、乗り物酔いしていないということを、様々な視点から見て喜んでいる。


「みなさん、どこに向かっておりますの?」

「あぁ。ここから管理塔が見えるだろ」

「えぇ、あの見るも無惨な頂の建物ですよね?」

「おう」


 フオちゃんとニールはのほほんとした様子で、遠く離れた塔を指差しながら話している。ちなみに、塔の上部は巨人にデッカい斧で斬り落とされたのかってくらい、ごっそり無くなっていて、そこから魔法を発現したときの光や、煙なんかが見えるので、そんなにのほほんとしていい場面じゃない。

 管理塔の屋根を壊したのが誰かは分からないけど、案外敵側の仕業なんじゃないか、なんて思ったりもしてる。たとえば屋内で自然光が少なくなって、その分クロちゃんが力を振るいやすくなった、とか。妨害の為に光を求めてもおかしくない。まぁ、そすると今度はレイさんが本領発揮しちゃうんだけど。あの二人をセットで敵に回すって、本当に恐ろしいことだと思う。

 後ろの方から、すぐ戻らなくていいのかとか、あいつらは強いから多分大丈夫だよなんて会話が聞こえてくる。さっき出会ったばかりのくせに、フオちゃんとニールは熟年夫婦のような落ち着きっぷりだ。

 ニールが「服に飽きました」なんて言い出したから振り返って見ると、ドレスを脱ぐために袖から腕を抜こうとしているところだった。フオちゃんは「そっか」とだけ言って、ニールの頭を撫でて微笑む。止めろよ。なんで「運命の人、見つけちまったな」っていう満ち足りた表情で見つめてるの。


「ラン、後ろのことはもう気にしない方がいいわよ。さっきからこんなだし」

「えぇ……気になるよ……」

「クオッ……クオ〜ッ……!」


 クーは私の腕の中で、木の実をもりもり食べて体力を回復中だ。四人を乗せて飛ぶんだから生半可じゃないエネルギーが必要になるだろう。だから私達ははやる気持ちを押し殺して、現在もドンパチやっているであろう戦場を見つめつつも、ゆっくりとそこを目指している。

 無理をしたクーに何かある確率より、レイさん達がやられちゃう確率の方が高いなんて有り得ないし。どうでもいいと思っている訳じゃない。だけど、あの二人のことを心配しすぎるのも逆に失礼っていうか。まぁそんな感じ。

 ちなみに、ニールだけは若干どうでも良さそうにしてる。というか、湖に映える自分の姿に忙しそうだ。マイカちゃんのオールがちょっと当たってドボンってなったりしないかな。


「……私達が戻ったら、転送陣を乗り継いで」

「ハロルドに飛ぶ。さすがに私だってそれくらい覚えてるわよ」

「そっか。ねぇ、マイカちゃん」

「何よ」


 後ろは二人だけの世界に入ってるっていうか、上半身裸になったニールが自分の裸体を水面に写してフオちゃんが感心しまくるという謎の儀式の最中だ。そして私は早めに確かめておきたい、あることがあった。バタバタしててゆっくり話す時間が無かったからこんなに遅くなっちゃったけど、訊くなら今だと思う。


「……勇者のこと、殺した?」

「どういうこと? 責めてるの?」

「まさか。そうだったとしても仕方ないって思ってる。私はただ、事実が知りたいだけなんだ」


 もし、勇者が生きていたら。きっと彼は私達のことを諦めたりはしないだろう。この間の戦いは結界の中で行うことができたから良かった。だけど、毎度毎度そんな舞台を相手が用意してくれるとは限らない。

 ハロルドが戦場になってしまったら……そう考えるだけで胸が痛かった。空中都市のハロルドで、どこかに逃げると想定される可能性は低い。つまり、彼らからすれば結界を張る必要は無いということになる。

 もし生きているなら、私はハロルドに行く前にすることがあるんじゃないかと思った。


「なるほどね……でも、分からないわよ。あの魔法の中じゃ、確認しようがなかった」


 彼女は眉間に皺を寄せて唸っている。マイカちゃんの言うことは尤もだ。ただ、私の体に限り、もっと感覚的かつ、簡単な方法でサーチすることができる。


「私の体になったときに、勇者が他の人よりも特別に見えたりはしなかった?」

「したわ。暴力的なまでに完璧なオーラを感じたというか」

「そっか。それが消える感じって言ったら分かるかな」

「え? あれって消えたりするの?」

「あ、うん。分かった分かった。どういうことか大体分かった」


 マイカちゃんの話を聞いて私は瞬時に察した。っていうかそんな気はしてた。

 やっぱり勇者は生きている。


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