第90話

 地図を指差してルークが告げたのはのっけから何を信じていいか分からなくなるような情報だった。


「まず、ここ陸続きみたいな書き方してあるけど、多分間に海があるから」

「そんなレベルで適当ってある?」

「地図を作る人達がまともに探索してなかったところだからね。ここに貼られている地図は結構古いから。最新のものならもしかしたら海がちゃんと書き込まれてるかも」


 地図が適当なことに驚きはしたけど、間に海があるのはなんとなく察していた。じゃないと流刑地、なんて呼ばれ方しないだろうからね。

 パンを頬張りながら、マイカちゃんはなんてことないって感じで、表情を変えずに淡々と呟いた。


「竜を手に入れて正解だったわね」

「あぁ、そだね」


 竜で飛んで行くにしても結構距離がある。かと言ってクーを長距離歩かせるのもどうかと思うし。っていうかあの子、どれくらい歩けるんだろう。飛龍が歩いて移動する話なんて聞いたことがないからよく分からないや。


「そういえば竜はいつ引き取りに行くの?」

「明日行ってくるつもりだよ。小屋、使わせてもらって大丈夫?」

「いいよー。明日なら私もいるから、仕事に行く前に二人に色々教えてあげられるし」

「本当に何から何までありがとう」

「ううん。こっちこそあんなめんどくさい仕事に出て、予定通り一日で帰って来れたこと、ホントに感謝してるから」


 私達はパンを片手に互いにお礼を言い合う。本当に、いい出会いをしたと思う。ルークも、フィルさんも。あとドロシーさんも。ルーズランドでいい人に出会える気がしないから、なんだか余計に染みる。


 仕事の話を交えると、フィルさんが話について来れないのでは、と思ったけど、彼女はルークの隣でうんうんと頷いていた。


「ルークから聞いたわ。本当にありがとう。言っちゃ悪いけど、二人とも、そんなに強そうに見えないのに……まさか柱の封印者だったなんて」

「柱の封印者? なんか仰々しい言い方だね」

「私が呼んだんじゃないもの。最近、そういう存在が暗躍して世界の平和に進もうとしている人類の邪魔をしようとしているとか、そういう噂があるの。あ、ごめんなさい、私はそんな風には思ってないわ」

「いやいいよ。知らなかったから、聞けてよかった。良かったらどんな噂か聞かせてもらえる?」

「え、えぇ。その柱の封印者達は一人とも、組織とも言われていて、噂じゃどこかの国の権力者や、知力の高い魔族なんじゃないかとも」


 魔族、か。確かに、柱の封印が平和を乱すためと考えたら、人間じゃない知能のある生き物を疑うのは当然だ。マイカちゃんなんかエセ魔族と結構いい勝負したし。

 ただ、世間的には私達はやっぱり勇者の行く手を阻む悪者なんだなぁと思うと、ちょっとだけ悔しかった。


「で、さ。封印者くん達。赤の柱は、ここにあると言われてるんだ。大陸のド真ん中。本当に何があるか分からないよ」


 ルークは脅すつもりはないけどね、と付け足すと、取り繕うように小さく笑った。


「私も他の行商人から聞いた話でしか知らないから、あんまり真に受けないで欲しいんだけど」


 それからルークが語ったのは、私が断片的に知る情報と比較しても矛盾が無いので、恐らくは昔の事実。つまりはあの大陸にまつわる歴史だった。

 ルーズランドは昔、永久の禁足地と呼ばれていた。極寒の寒さ。一度行ったら戻ってこれない潮の流れ。重罪人の流刑地として重用されていた。

 だけど、罪人をそこに流しに行くまでの道のりもしんどい。というわけで、流刑地としても人気がなくなった。だけどこの大陸はそれだけじゃ終わらなかった。

 今度は病気をしたり、頭がおかしくなったりした人達。とにかく自分達の都合の悪い人間をそこに隠すのが海沿いの村や町で流行った。そのあと、自ら進んで駆け落ち場所に選ぶカップルや、すごい財宝が隠されてるんじゃないだろうか、なんて喜び勇んで向かう探検家が現れた。


 そんな折、その大陸の真ん中から赤い光が射した。禁足地なんて呼び方はまだマシな方で、地元の方ではもっと直接的な、無配慮な呼び方で呼ばれていたらしい。

 そのままの名前で新聞に載せることはできないし、かと言って、新聞に載せないという選択をするにはあの光は強烈過ぎた。

 そして彼らはあそこを、ルーズランド《負け犬共の土地》と名付けた。


「……酷いところなのは分かったわ。あと寒いのも」

「マイカの情報処理能力には逆に驚くよ」

「私はこういう子、結構嫌いじゃないわ」

「フィルは営業しやすそうって思ってるだけでしょ」


 フィルさんは笑ってその指摘を肯定すると、ルークにしなだれかかった。いつものことなのか、ルークも別に気にしている様子はない。

 家だとずっとこんな感じなんだろうなぁ、二人とも。ルークはフィルさんの顔を覗き込むようにして「フィルは何か聞いたことがある?」と問うと、フィルさんは少し考え込んでから言った。


「本当かどうかは分からないけど、あそこに居たことがあるというお客さんに会ったことがあるわ」

「えぇ!?」


 それを早く言ってよー!

 私とルークの声がハモる。マイカちゃんだけは、食べないなら食べていい? と言って、私が答える前に私の分のパンを手に取った。ちょっと、食べるってば、ねぇ。

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