第161話

 転送陣の上に乗ると、頭の中に声が響いた。フオちゃんとマイカちゃん、クーまで天井を見上げてキョロキョロしているから、みんなにもこの声が届いているようだ。


 ――フオ、行くのか


 その声は少し寂しげだった。どこかの誰かさんみたいに、早く出て行けと言われないところを見ても、この子はまともな子なんだなっていうのが分かる。


「あぁ。世話になったな」

「あ。フレイ、一ついい?」


 せっかく会話する機会ができたんだ。私は黒の柱であったことを思い出してフレイに声を掛けた。そして言った、塔の真ん中に叩きつけるように戻すのはやめてほしい、と。

 あのときはとっさに風の精霊に助けてもらったけど、できればそんなことしたくない。というか、そのまま落ちたら確実に死ぬような高さから落とされるなんて、誰も望まないだろう。


 ――ディアボロゥのやつがまた何かやったのか。安心しろ、出入り口に戻してやるから


 安全に下まで送り届けてもらえるらしいと聞くと、緊張していた気持ちが少しだけ和らいだ。鞄からマントを出して、フオちゃんにそれを身に付けるように指示する。あの赤い頭じゃ、彼女だってバレるのも時間の問題だと思ったから。


 ――お前達が何をしようとしてんのか、見届けさせてもらうよ


 フレイの言葉と共に、視界が真っ白になる。次の瞬間には、私達は塔のドアの前に居た。


「行こう」


 重たい扉を開いて門まで行くと、そこには思わぬ人物が待っていた。あの黒髪は……。


「はぁ!? ルリじゃん!」

「フオ……まさか本当にあそこから出てくるなんて。もう二度と会うことはないと思っていたのに」

「そりゃこっちのセリフだっての。ま、いいさ。あたしはヒノモトを去る。まさか文句は無いだろ?」

「当然。むしろ遅すぎるくらいだ」


 二人の間に火花が見える。仲、良くはないんだろうなぁと思っていたけど、まさかここまでとは。ここで待っていたのは、本当に彼女を連れ出せるのかを確認するためだろうか。だとしたらあんまり嬉しそうじゃない、妙にピリピリしているルリの様子に違和感があるけど。


「ラン、マイカ。あとついでにフオ。準備はしてある。私が空間を結んで出来るだけ遠くに飛ばす」

「はい?」

「っつかついでってなんだよ、お前」

「黙れニワトリ。簡単に話すが、追手が来た。私が飛ばせるのは地上までだ。六、七巻目の地上辺りに今は使われていない転送陣があるから、それを使って逃げろ」

「オイ、ニワトリって言うなって言ってんだろ!」

「フオちゃん、ちょっと静かにしてて。よく分からないんだけど、その転送陣っていうのはどこに繋がってるの?」

「知らん! 地下に潜る術が無かった時代の物で、存在すらサカキファミリーの一部にしか知られていない代物だ! いいから早くこっちに来い!」


 私は”追手”についてあえて聞かなかった。ルリがこれほど血相を変える相手が迫ってきてるなら逃走経路の確認が先だと思ったから。あと、なんとなく想像は付いてるし、正直聞きたくない。


「それはいいけど、追手って誰よ」


 マイカちゃん……。私の現実逃避は実に短いものだった。ルリは何の変哲もない土の壁を、手のひらでバンと叩きながら言った。勇者だ! と。

 叩いたところを中心に、水面が揺れるようにぐねぐねと蠢いて、歪んだ穴が現れる。目の前の光景に圧倒されるよりも先に、耳から入った情報に目が回りそうになった。


「嘘でしょ」

「勘付かれることをしたんだろうな、有無を言わせない空気でワン家を訪ねたらしい。とにかく急げ。あとニワトリは二度と戻ってくるな」

「うるっさい、お前に言われるまでもなく、こんなところもう二度と戻ってこねーよ」

「ラン、ヤヨイ様の件とこいつを遠くに運ぶ件、ゆめゆめ忘れるなよ」

「分かってるって」

「聞けやコラ!」


 フオちゃんは袖をまくって今にもルリに殴りかかりそうだったけど、マイカちゃんが手首を掴んで引っ張ってくれたからもう安心だ。


「色々ありがと! それじゃね!」

「礼など要らん! 利害が一致しただけだ! ではな!」


 私達はルリの横を通り過ぎて、壁に生成された歪んだ空間へと飛び込んだ。あんなこと言ってたけど、ルリは笑ってた。フオちゃんはムスッとしてるけど。


 転送に次ぐ転送で、さらにこの後も転送陣を探すことになっている。一日で三回もこんなことをするなんてかなり稀だろう。魔術師ならあるのかもしれないけど、あいにく私はただの鍛冶屋だ。マイカちゃんにすら忘れられてそうだけど。


 夜明けの空の下に出ると、私達はすぐに振り返った。塔が結構近い。フオちゃんがまだ八巻目の地上辺りだなと呟く。予定よりも塔の近くに飛ばされたらしいことを知ると、私達は急いで上着を羽織って駆け出した。


「あの勇者ってそんなに怖いか?」

「怖いっていうか、いけ好かないクソ野郎よ。目的を達成する以外のことは考えていない、私達ハロルドの住人の命だって、剣の材料くらいにしか思ってないクズ」


 マイカちゃんは走りながらまくし立てる。クーに飛んでもらおうかとも思ったんだけど、転送陣を見逃す可能性があったから止めた。昔の転送陣ってことは、かなり掠れてそうだから。そんな状態の転送陣がちゃんと使えるのか甚だ疑問だったけど、今はそれに縋るしかない。


 後ろで何かが爆発する音がして一斉に振り返った。そこには、久々に会う勇者様御一行が居た。

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