第160話
「はぁー……アンタがどうしたいかを聞いてるのよ」
「分かってるけどさ」
マイカちゃんとフオちゃんは気の抜けた会話をしている。クーだけがいつも通りで、マイカちゃんの肩でお気に入りの木の実をカリカリしていた。小気味よい音が狭い空間に響いている。
長い沈黙のあと、フオちゃんは独り言のようにぽつりと言った。誰かが他に会話してたら聞こえなかったんじゃって思うくらい、小さな声で。
「今更過ぎんだよ。自分の好きに、なんて」
「……それは、どうして?」
私は彼女との対話を優先した。マッシュで自分達の足取りを残してしまったことを考えると急ぐべきだとは思うけど、それにしてもこの状態のフオちゃんを引っ張っていく気にはなれない。それに……純粋に、彼女が発した言葉の意味が知りたかった。
「あたし、今までずっと家の都合とか、消去法とか、そんなんばっかだったから。サツキとのことだって……あぁごめん、サツキっていうのは」
「オオノでしょ。知ってるよ。ユーグリアで会った」
「へ!?」
フオちゃんがガバっと起き上がると、私を見た。まさか知り合いだとは思わなかったのだろう。だから簡単にオオノやヤヨイさんのことを話した。フオちゃんは二人がヒノクニを去ったことに驚いていたけど、すぐに一人で「それもそっか……」と納得していた。
「で、オオノとのことって何よ。許嫁のこと? ランがヤヨイから聞いたみたいだけど」
「あぁ。男が男に惚れるなんておかしいだろ?」
「そんなことないよ」
「いや、おかしいんだよ。少なくともこの国の三大ファミリーの中ではな。あたしだってサツキがそんなことで悩んでるって、知らなかったし。いま思えば、何気ない言葉であいつを傷付けてたんだろうなとも思う。どんな女が好みなんだ? なんて聞かれて、あいつも気まずかったろうな」
「それは……知らなかったんだったら仕方ないんじゃない?」
過去を振り返って少し暗い顔をするフオちゃんをフォローする。知らないからってなんでも許せるほど人間は出来た生き物じゃないかもしれないけど、少なくともオオノはそんなことをいつまでも気にしてるほど、心の狭い奴じゃないと思うから。
「この国のトップは、っつってもあたしやサツキの両親がそうなんだけど。あいつらは血を絶やさないことばかりを気にする。だから、サツキに結婚したくない理由を打ち明けられたとき言ったんだよ。ならこのままあたしと結婚しとけって」
偽装結婚ってやつだな、そう言ってフオちゃんは笑った。確かにオオノはそれで嫌な使命からほんの少し解放されるかもしれないけど、彼女はどうなるんだろう。というより、どうするつもりだったんだろう。そんなことを気にしながら話に耳を傾けていると、彼女は覇気なく笑った。
「別にあたしはいいよ。意味分からんオッサンと結婚させられるよりずっとマシだ」
ここまで聞いて、なんとなくフオちゃんの話が見えてきた。今更と言った意味が。この子は……。
「サツキが打ち明けてきた時……本当は、きっとこの国のそういう面倒くさいとこが、心底嫌いだと思った」
「フオちゃん……」
「ホント、今更だよ」
きっとフオちゃんは、掟に逆らうなら、今じゃなくてもっと前にすべきだったんだと思っているのだろう。自分のこれまでの人生を否定するような、本当に選びたかったはずのたくさんの可能性を見たとするなら、彼女の言葉も分かる。
「でも……あいつは、その”今更”を、ちゃんと掴んだみたいだな」
「そうかもね」
掛ける言葉が見つからなかった。沈黙を破ったのは、静かに話を聞いていたマイカちゃんだ。
「その奇抜な頭も、眉の装飾品も、誰かに言われてやったわけ?」
「……違う」
「なんだ。じゃあ、アンタはちゃんとアンタじゃない」
「……」
「何かを始めるのに遅すぎることなんてない、なんて言う人がいる。私はそうは思わないわ。フオはどう見たって自分の心に従うのが、気付くのが遅すぎた。だけど、だからってこのまま死ぬのは、違うでしょ」
マイカちゃんの言ったことを分かってはいないだろうに、クーまで「クーッ!」と言ってマイカちゃんの傍らでニコニコしている。
フオちゃんは小さく笑うと、立ち上がって私達の肩に手を置いた。手の置かれたところが暖かくなって、長い階段を歩いてきた疲労感がすっと消えていく感じがする。
「なに、これ」
「聞いてないのか? あたしは代々回復術を生業としてきたワン家の人間だ。これくらい朝飯前だ。ヘトヘトで出発して、途中で休憩なんて嫌だからな」
「……フオちゃん、それじゃあ!」
「あぁ、行くよ。家には帰れないだろうけどな。未練なんてない。それこそ今更だ」
私とマイカちゃんの目が合う。二人でフオちゃんの気持ちが固まったことを喜ぶと、マイカちゃんは念を押すように言った。
「本当にいいのね?」
「あぁ。ここに居たんじゃ、オオノの彼氏に会えないだろ」
そう言ってフオちゃんは笑った。そうこなくっちゃ! とマイカちゃんはフオちゃんの背中をバンバン叩く。痛くないのかな、あれ。
そうして私達は彼女を歓迎すると、早速転送陣の上に乗った。
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