旅立ち
旅立ちを阻む山 インフェルロック
第5話
私は双剣をピッケル代わりにザクザクと崖、というか壁に刺して、なんとか拓けたところに立つことに成功した。
お父さんごめん。絶対これ使い方間違ってるよね。でもしょうがないよね。素手でロッククライミングとか無理だし。っていうか街に戻るときどうしよう、登れないじゃん。
いや、今はそんな先のことを考えるのはやめよう。どう考えてもただの現実逃避だけど、いいの。考えたくないの。
私はお世辞にも歩き易いとは言えない、ゴツゴツした岩肌の上を歩いていく。天を突き刺すような岩達のせいでかなり視界が悪いけど、本当に空に刺さっている黒い光のお陰で、目指すべき場所だけははっきりと分かる。
あぁ、いまモンスターに会ったら本当に死ぬな。そんな当たり前の事実を改めて認識しながら足を動かす。凶暴な生き物が蔓延るこの一帯を、一刻も早く抜けたい。
だと言うのに、既に足の痛みや疲れを感じ始めている。日頃の運動不足を呪わずにはいられなかった。
一時間ほど進んだ頃、私はとんでもない音、というか声を耳にする。
「おーい!」
いや、ないない。有り得ない。ここに人がいるだけでも有り得ないし、この声は……。
「はぁ!? 無視!?」
心を落ち着かせてから、ゆっくりと振り返る。もしかしたら幻聴を聞かせる系のモンスターの仕業かもしれないし。っていうか逆に、そうであってほしい。そうじゃなかったら、それって結構最悪の事態だ。
私の期待も虚しく、こちらに向かって走りながら手を振る姿は、悲しいほどに見覚えのある姿だった。
「マイカちゃん!?」
そう、マイカちゃん。マチスさんとメリーさんの娘で、妙に私への当たりが強い女の子。私より少し年下だけど、確か今年二十歳になったってマチスさんが言っていた気がする。
プレゼントを送ろうか迷ったけど、ゴミ箱にダンクされることが目に見えていたので、おめでとうとだけ言った。言葉のお返しに塩をもらったっけ。あれ、普通にムカついたなぁ……。
マイカちゃんはこちらをびしっと指差すと、高らかに私を糾弾した。
「お父さんを出し抜こうとしてるんでしょ!」
「なんで!? 何その誤解!?」
「嘘ついても無駄だから! 旅の人達が言ってたもん! ランは企業秘密の幻の鋼材を手に入れに行ったって! それで恩を仇で返すつもりに違いないわ!」
「マイカちゃんの中の私のイメージがド悪党でびっくりするんだけど」
黄色い綺麗なドレスに身を包んで、私を睨みつける彼女。第三者が見れば、私が悪いと絶対に誤解される現場だ。こんな可愛い女の子が嘘をつくわけないし。
肩まで伸ばされたふわっふわの髪の毛をハーフアップにして、それが最高に似合ってて芸術的なくらい可愛い。目だってキラッキラしてるし、身長もちっちゃくて、女の子らしくて可愛い。可愛いを欲張り過ぎだから逮捕して欲しいくらい可愛い。
かたや私は双剣をピッケル代わりに崖を下った不審者だし。あれ? この子、どうやって崖を下ってきたの? こわ……。
「マイカちゃんは帰ろうね」
「でも」
「時間がないんだよ。私はマイカちゃんを家に送ってったりしないよ。街が離れるとどんどん危険になる。分かるよね」
私は”マイカちゃんどうやって崖下ったの怖い”という事実を心の中で反芻しながら、いつもよりかなり冷たく接した。
酷い扱いを受けてるんだから、普段から冷たくすればいいのにって思ったでしょ。違うの、できないの。
彼女がマチスさん達の娘であることも理由の一つとしてあるんだけど、もっとシンプルな話。可愛過ぎて冷たくなんてできないんだ。別に褒めてるわけじゃない、マイカちゃんが可愛いってのはただの事実。
確かにすごいムカつくこともあるんだけど、ここまで顔の整ったお人形さんみたいな子に冷たく接するとか、バチが当たりそうでできないの。
だから、こんな冷たい言い方をするのは実は初めてだったりする。
「早く帰りな」
言い切った……言い切ったよ私……。
私は彼女に背を向けて歩き出す。付いてくるな、と言うように。
「……危なくて一人で帰れない!」
そんなこと言う人はそもそもあの崖を下りて来れないんだよ。
私は出かけた言葉をぐっと飲み込んで、淡々と答えた。
「……ごめん、マジで送ってかないよ。ふざけてる場合じゃ」
「だからランに付いてく」
「……はい?」
思わず振り返る。マイカちゃんと目が合うと、見計らったかのように、私達の間にびゅうっと風が吹き抜けていく。心臓が止まるかと思った。何を言ってるんだ、この子は。
「文句あるの?」
「え。うん。ちょっと邪魔かな」
「そこは文句言うとこじゃないでしょ! ランってホントに頭がおかしいよね!」
「頭がおかしい!? え!? いま頭がおかしいって言った!? 勝手に追ってきた挙げ句意味の分からないダダをこねてさらに知人を頭がおかしい人呼ばわりする人の方がよっぽど頭おかしいと思うけど!?」
もう本当にこの子意味分かんないんですけど。
聞き捨てならない暴言に反論してマイカちゃんを指差す。
さらに言葉を続けようとしたけど、妙な気配を感じて口を噤んだ。
「ちっ」
どうやら口論のせいでモンスターに見つかってしまったようだ。
腰の後ろで交差するように鞘に仕舞われていた双剣の柄を掴むと、私はそれを手中で回しながら構えた。
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