第104話
未だにトップを争っているルークとリードさんは王城、つまりゴールへと向かっている。レースは既に終盤だ。二人が居住区のチェックポイントを通過して、ボンズさんの熱っぽい実況が通過者の名前を次々と挙げていく中、マイカちゃんの名前が呼ばれたのはそれからしばらく経ってからだった。
チェックポイント通過者として名前が挙がった選手達の名前を指折り数え、マイカちゃんが現在六位まで順位を戻していることを確認した私は、空の向こうを覗くように点のような影を見つめた。
「マイカちゃん、かなり追い上げてるね」
「はい。あの子、負けず嫌いですし」
「にしても、まだあの妙な姿勢でドラゴンに乗るのか……あ、いま順位入れ替わったね」
「本当ですか!? これで五位、ですね」
――ルーク選手とドラシーちゃんの高度が高いせいでリード王女の独走状態に見えてしまいますが、二人はほぼ同率一位とのこと! どちらが優勝するのかはまだ分かりません! 熱い!! 熱いです!! 今年のドランズチェイス!
――その言い方は感心しませんね。他の選手にもまだ可能性はあるはずです。極めて低いですが
――これは失敬! その通りですね! おーっと! 四位のサイフォン選手! 並んだマイカ選手にドラゴンごと体当たりだー! これは審議対象かー!?
まずい、そう直感した。マイカちゃんが我慢できたとしても、横からぶつかられたならクーにも相応のダメージが入ったはずだ。あの子が怒りに任せて大きくなったりしたら……。
「サイフォン選手、堅実で真面目な選手だと思ってたんだけどなぁ……流石にぽっと出の女の子に負けるのはプライドが許さないのかもね」
「ですね、怪我しないといいんですが……」
「さすがの彼もそこまでしないと思うよ?」
「いえ、彼の方が」
私がそう言い終わるとほぼ同時に、予想外の実況が耳に飛び込んだ。
――マイカ選手、フラッグを高くかざして真横にいるサイフォン選手を牽制していくー!
――あの姿勢を片手でキープして、自在に旗を操るとは。彼女はまるで騎士団の団長ですね
――サイフォン選手も彼女の姿勢を真似るー! これは決闘の流れでしょうか!
――妨害行為が一方的ではなく、明確な両者合意の上での決闘の場合、特別に攻撃が認められます。原則的にフラッグにのみ、ですが
とりあえずクーが巨大化するのは免れたらしいけど、決闘か……。そういえばそんな事もあるってルークも言ってたっけ。
攻撃が許されているのがフラッグだけと言っても、バランスを崩して落下する可能性もあるし、危ないことには変わりない。
――なんとー! サイフォン選手の初撃を左腕で払って弾き返したマイカ選手! サイフォン選手のフラッグは地上に真っ逆さまだー! 真下で観戦してる観客の皆さんは避けて下さーい!
――右手で旗を持った状態では左側から来る攻撃に対処しにくかったんでしょうが、まさか手で払い除けるとは……恐ろしい選手ですね……
――フラッグが地上に落下したのが確認されました! サイフォン選手、失格です! 一撃で決まってしまうとは、鮮やかな決闘でした! ……ん?
――どうしたんですか?
――右手でフラッグを持って、左手で払い除けて……じゃあ、一瞬とはいえ……まさか両手を離した状態で、あの姿勢でドラゴンに跨っていたんですか?
――……そうなりますね
二人が彼女の胆力に絶句してから一呼吸置いて、どこからともなくマイカコールが始まった。めちゃくちゃな方法で観衆を楽しませている彼女は、そんな自覚も無く今も王城を目指している。
私の双眼鏡がリード王女を捉えられるくらいのところまでレースが進行した頃、マイカちゃんが三位の選手を抜いたというアナウンスが響いた。ちなみに三位の選手はそっと道を譲ったらしい。賢い判断だと思う。
――さて! いち早く中央区に戻ってきたのはリード王女! しかし、その遥か頭上からは、ルーク選手が影を落とす!
――あれ、なんでしょう
――はい! え、アレってなんですか?
――……あれです。東区の方から、何か……まさか、ラグーンドラグーンの、群れ……?
――はいぃ!?
私からは見えないけど、レースとは関係の無いドラゴンの群れが迫っているらしい。街中がどよめく中、門番のおじさんだけが手を額に当てて、あちゃーという顔をしていた。
「ここは水場を求めて移動するドラゴンの通り道なんだよ。例年ならもっと遅い時期だし、この街の風物詩だったりするんだけどね……」
「そうなんですか……」
「こうなってしまったらレースは中止かな。選手がぶつかる恐れがあるからね。それに、何の罪もない野生動物を傷付ける訳にもいかないだろうし」
「そんな……」
――残念ですがレースは中止にすべきです! 事務局長! ご決断を!
――こんな形で終わってしまうのは前代未聞ですが……人命が最優先です! そうですよね!
ボンズさんとレイラさんが事務局長とやらを説得しているけど、当の本人はなかなか言葉を発しない。その間にもドラゴンの群れは、公国を横切ろうとレースのルートに近づいていた。
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