第105話
――えー、事務局長のミルです。非常に残念ですが、今年のドランズチェイスは
――あれなんですか!?
――今度はなんですか!
あれと言われても、私達からは実況解説の席が見えないからすっごく困る。どこを指しているのか分からないよ。しばらく困惑していると、人々の視線が一点に集中している気がして、私は彼らの視線を辿るように南の空を仰ぎ見た。
「クー……!?」
そこには身体を何倍にも大きくしたクーが居た。もう今さらどうでもいいけど、あんなの絶対失格だ。双眼鏡が要らないほど大きくなったクーが、猛スピードで王城へと一直線に向かう。
観客が悲鳴や歓声を上げて指を差している。だけど、私は違った。マイカちゃんの行動の真意を計りかねて眉間に皺を寄せている。
まさかと思うけど、中止になる前にゴールしちゃえって思った、とか……? いや、いくらマイカちゃんでもそれはないかな。そもそも彼女はこのレースでの優勝に執着していない筈だ。
だとしたら、一人であの数のドラゴンを追い払おうとしてる、とか……? 一匹ならまだ分かるけど、あの数は無理でしょ……でも、そうだとしたら、私はこんなところで何をしてるんだ。マイカちゃんが一人で戦おうとしているのに。
居ても立ってもいられなくなってその場を離れようと城壁を降りる階段に向いた瞬間、門番のおじさんが私の腕を掴んだ。
「待って。あの子には何か考えがあるみたいだよ」
その声に振り返ると、マイカちゃんはリードさんとルークを抜いて見事首位に返り咲いていた。それでも構わず、彼女は王城がある行政区を目指している。
トップを奪われた二人も果敢にマイカちゃんを追う。だからレースは中止なんだって。
「あの子、今なんか叫んだらしいぞ!」
城壁の下の方からそんな声が響いた。何を言ったんだろう。
双眼鏡を覗いてみると、なんと彼女はクーの上で立ち上がろうとしているところだった。すぐ奥の方にラグーンドラグーンの群れが見えて、それが私の焦燥感を煽る。
「マイカちゃん!」
私は堪らず彼女の名前を呼んだ。その言葉を合図にするように、マイカちゃんは少し助走を付けて……なんとクーの背中から飛び降りた!
「はいぃ!?」
空中で振りかぶって、ジャストタイミングで拳を前に突き出す。彼女は、時計台に据え付けられていた大きな鐘をぶん殴ったのだ。
――ゴォーーーーーーーン……!!
生でも聞こえてる音が、実況席の装置にも届いて、何重にもなって聞こえてくる。爆音で耳が壊れそうだ。耳を押さえながら横を見ると、フラッガーの人達のほとんどが私と同じ格好で顔を顰めている。
音に驚いたドラゴンの群れは慌てて引き返していく。だけど、さすがと言うべきか、リードさんが乗っているセントレア君は少し動揺する素振りを見せたあと、すぐに王城へと飛んでいった。頭上を飛んでいたルークに至ってはドラシーが一切慌てなかったらしく、高度を落として城の天辺を目指しているところだった。
――は……? はい、えぇー、まず、脅威は過ぎ去りました! みなさんご安心下さい! 事務局長! レースは続行でいいですね!?
――あ、は、はい……
――マイカ選手! ドラゴンから降りたことと、サイズ変更の魔法をかけてルールに接触したので失格です! そして今年のドランズチェイスの覇者はルーク選手です! 神速のルーク! 見事初参加で初優勝を飾りました!
――リード王女も王城に到着しましたね、非常に惜しかったです。セントレア君が鐘の音に驚いてしまったのが直接の敗因でしょうか
――続々と選手が王城に集合する中、ルーク選手とリード王女は固い握手を交わしています! いいですねー!
――そしてマイカ選手は時計台の上で腕を組んで笑っています。豪気でいいですね、彼女。個人的にファンになりました
「あのクレアさんが推しを作るなんて、やっぱりマイカちゃんはすごいなぁ」
「ははは……」
今年のドランズチェイスは突然のアクシデントに謎の美少女が暗躍したと新聞に載るんじゃないかな、そう言っておじさんは笑った。
何はともあれ、レースが無事に終わって何よりだ。優勝を逃しちゃったのは惜しいけど、笑ってるみたいだし、マイカちゃんもそれほど気にしていないだろう。
このあとのヒーローインタビューで、マイカちゃんはルークよりも尺が長めに取られて、まるで優勝者みたいな扱いを受けた。っていうか優勝を逃したリードさんへのインタビューもルークより長くて、なんかちょっとルークが可哀想だった。本人は「いいよー、恥ずかしいし面倒くさいもん。ガラじゃないんだ、そういうの」なんて言って笑っていたけど。
そのインタビューで、改めてドラゴンの種類を聞かれたマイカちゃんは正直に「エモゥドラゴンよ」と答えたけど、それを真に受ける人は、一人としていなかった。
神話に出てくるという伝説のドラゴンは、現代のドランズチェイスでまた一つ小さな伝説を作った。このレースを観戦していた人達と、後にジーニアの図書館に置かれることになる新聞を読む物好きだけが知る、ほんの小さな伝説だ。
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