第152話
マイカちゃんに行くよ、と合図すると左手で扉をぶっ叩いた。
吹き飛べ。そう念じながら。
精霊達が貸してくれたのは、粉砕の力だった。叩かれた扉が扉ごとバーン! って外れて吹っ飛ぶイメージだったんだけど、精霊達は、私が叩いて衝撃が行き渡ったところ全てが散り散りになって吹っ飛ぶのをイメージしたらしい。
つまり私が叩いた扉は「ッパ!」みたいな音を立てて、粉々になって消滅した。床に扉の残骸、”扉を構成していたもの”達が塵のように山になってる。
呆気に取られてしまったけど、それどころではない。扉を消滅させたら、今度は使用人っぽい女性二人と目が合った。彼女達からすれば、いきなり扉が消滅して中から明らかに絡み合った直後の怪しい汗だくの女二人が出てきたワケだけど。怖いわ。トラウマになっちゃうよ。
彼女たちに同情はしたけど、私達は止まれない。狭い空間から飛び出してその女性二人の帯を引っ張って服を脱がせると、適当に羽織って帯を腰に巻いた。これどうやって着るんだろう。まぁいいや。女性二人は寄り添って壁にピッタリとくっついて震えていた。本当に申し訳ない。
私達が閉じ込められていたのは隠し部屋のような空間だったらしい。抜け出してようやくそんなことを知りながら、私はマイカちゃんを見る。彼女も着替えを完了させていた。
それから私達は走り出した。大体の道は私が分かるから、先導して体力の許す限りスピードを維持するつもりだ。
「それにしても、まさかランがあの子達を一人とはいえ押さえ付けられたのは意外だったわ」
「マイカちゃんがアレなだけで、私多分、普通の子より力はあるよ」
「寝言は寝てから言いなさいよ。まだクスリ残ってるの?」
「鍛冶屋やってる女が非力なワケないでしょ……」
「……じゃあランがか弱く感じるくらい強い私ってなんなのよ」
「こっちが聞きたいよ」
多少の足音も厭わずに廊下を走っていると、正面から人影が見えた。あれは、ルリさんのお出迎えをした大男の内の一人だ。私はほとんど全力疾走だったけど、正面から男がやってくるのを見ると、マイカちゃんは更にスピードを上げて男に向かっていく。足、はっや。
「……!」
男は腰に携えていた刀を抜いて中段に構える。マイカちゃんは男の間合いに入る直前で右に跳んだ。意表を突いたつもりなのかもしれないけど、あのルートはまずい。空中で斬ってくれと言っているようなものだ。
「マイカちゃん!」
「おらぁ!」
想像していた通り、大男はたった一歩で大きく間合いを詰めて刀を真横に振った。
「甘いわ!」
斬撃がマイカちゃんを捉える前に、彼女は壁を蹴って更に上へと逃げた。金属が壁を叩く音が、長い廊下に響く。男はマイカちゃんの急な方向転換に対応しようとしたけど、刀身の先端が壁に埋まってしまっていた。
「寝ときなさいよ!」
顔面にマイカちゃんのパンチが決まる。っていうかめり込む。あそこで咄嗟に刀から手を離して防御していればどうにかできたかもしれないけど、イレギュラーな動きをする相手を目の当たりにして、すぐに正解の動作をするのは難しいだろう。というか反応しただけですごい。
「ラン! 行くわよ!」
「う、うん!」
一撃で沈んだ男の横を走り抜けて、少し先を急ぐマイカちゃんの後を追う。だけど私の足じゃあの子には追い付けない。
「そこ右!」
「分かったわ!」
通路を右に曲がってすぐ、マイカちゃんの足音が止んだ。また何か居たのか。私は逸る気持ちを抑えて地面を蹴る。辿り着くと、そこには行き止まりになっていて、四つある扉を前に硬直してるマイカちゃんがいた。
「どれよ!」
「ここまでしか……しらみ潰しにいくしかないよ」
そう言って私は一番近い扉を開ける。そこは使われていない物置で、ほとんど空っぽだった。
その隣にある扉に手をかけて、すぐに問題に気が付いた。
「ダメだ。ここ、鍵が掛かってる」
「鍵が掛かってるって怪しいわね。ここに入りましょう」
「だから鍵がかかってるんだって」
私は振り返って向かいにある部屋のドアを開けようとした。背後からバキッという音が聞こえてきて、彼女が何をやらかしたのか見ずとも察した。
「行くわよ」
「あ、うん」
ハズレだった部屋と同じ造りだったけど、中には私達の荷物が全部あった。服も鞄も、武器もちゃんと。武器がいじられた痕跡がないことにほっとした。私はこの剣の扱いを理解してるから絶対にやらないけど、余計なことをされたらとんでもないことになってた可能性があるから。
「良かった、誰も触ってないっぽい……」
「その剣……なんか問題あるの?」
「この双剣、炎と氷、逆にしまうととんでもないことになるんだよ」
「初耳ね」
「こんなこと想定しなかったからね。私だけが気をつけてればいいことだから言ってなかったよ」
「へぇー……?」
「マイカちゃん、私がいないときに試そうとしたらダメだよ。絶対」
私達はいそいそと着替えをしながら、更に部屋の中を探索した。当然だ。一番大切なものがまだ見つかっていない。クーの名前を呼びながら木箱を開けたりしていると、キュウ……という声が聞こえてきた。
クーは部屋の奥の床にいた。ただ居ただけではない。檻に閉じ込められている。
「何よ、この檻」
「魔力の反応がある。多分だけど、魔法で押さえつける装置に閉じ込めたんだ」
私は檻に触れてみる。バチっと電流が走って、だけど離さなかった。感じる魔力の流れを逆流させるように念じて、ぴったりと止まるように加減する。すると、カチッと音が鳴って扉が開いた。やっぱり、この檻は魔力の扱いを理解している人間にしか扱えないものだったんだ。
「クゥ……」
「クー!? 大丈夫!? 大丈夫なの!?」
「クー、弱ってる……」
「あいつら、絶対にゆるさないわ。私達の子になんてことを」
マイカちゃんはクーをそっと抱き締めて、泣きそうになっていた。弱ってるクーと悲しむマイカちゃんを見て、何も感じないほど私は薄情じゃない。
クーの体にはうっすらと火傷のような痕があった。一箇所だけじゃない、体中にある。きっと、ここから出て、私達を探そうとしてくれたんだ。クー……。
「騒ぎを聞きつけてきてみれば……まさかここまで自力で辿り着くとは」
感心するような、値踏みするような、腹の立つ声に私は振り向く。
「ねぇ。ルリさん」
この人は、幼稚な人だ。
オオノと結婚する予定だった人がこんなにヤヨイさんに執着している理由は分からないけど、そんなことはどうでもいい。
私は言った。悪意と敵意を隠すつもりはさらさら無い。
「こんなことばっかりしてるからヤヨイさんに逃げられるんじゃない?」
「貴様……!」
「違う?」
彼女が私の言葉で激昂しようが関係無い。
楽しくも無いし、怖くも無い。
私がここまで怒るって珍しいから、覚悟した方がいいよ。
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