第192話

 ヤヨイさんとルークとの再会を喜んでいる暇はない。転送陣周辺はなんとか持ちこたえていたけど、防戦気味に見えた。無理もない、主砲のマイカちゃんが魔法で近付けないし、フオちゃんとニールがそれぞれファイズを使って、なんとか牽制しているような状況だ。

 マイカちゃんに残された魔法は左手の精霊石に宿る氷の精霊の力のみ。さっき精霊の力を使ったというのに、私は慌てて飛び出したから、力を再度付与するような余裕はなかった。私に触れていないから、さっきの爆風凄まじいあの攻撃はできないんだけど、近付いたらバラすぞって殺気を放って時間を稼いでいた。とても賢いと思う。マイカちゃんの魔法の制限なんて、敵はもちろんのこと、ヤヨイさんやニールですら知らないことなんだから。その場しのぎでも、とっておきをちらつかせるのは有効だ。


 私がそちらの戦闘に混ざる決心を固めたのを見ると、ヤヨイさんは私に背を向けて、一足お先に、とでも言うように駈けて行った。身のこなしを見ただけで分かる。あの人、めちゃくちゃだ。


「背後から攻撃するのは流儀に反する。お前らこちらを向け」


 ヤヨイさんは立ち止まって魔術師達をわざわざ振り向かせると、左手に持っていた鞘を一振りして続けた。


「いざ」


 近くに居た敵へと駆け出す。ターゲットになった男は、逃げる間もなく魔法を唱えた。手から放たれた水流を見るに水属性の何かだったことは分かるけど、ほとんど絶叫に近い声だったから、なんて唱えたのかは聞き取れなかった。

 水の渦がヤヨイさんを襲う。だけど、彼女は避けるどころか、右手に構えた刀でそれを払うように斬った。形の無い水を斬っても、普通は意味なんて無い。彼女の動きを見て疑問符を浮かべそうになったけど、その理由はすぐに分かった。


「水を、吸収してる……?」


 吸い込まれるように、水の渦は斬ったところから刀に吸収されていく。いや、吸収なんて生易しい言葉じゃ表現しきれない。あの刀は、対象を喰らっていた。刀が力として取り込んでいるのは水ではなく、魔力だ。

 だばだばと、まるで魔力以外の要素なんて要らないとでも言うように、切っ先から水を滴らせている。飢えた狼がよだれを垂らしているように見えてかなり異様だった。


「さすがに人間相手に弄月ろうげつは使いたくない。ただ、余裕がなくなると、そうだな。つい右手を振るうこともあるかもしれない」

「ひっ……!」


 魔導師は抵抗する気力は完全に無くしたらしい。両膝をついて、さらに両手をあげて無抵抗であることをアピールした。が、ヤヨイさんは彼の首の辺りを激しく叩き付け、床に転がした。

 こわ……ローゲツとかいう武器も怖いけど、無抵抗の敵に容赦なくヤバめな一撃放つヤヨイさん、すごく怖い……。


「安心しろ。みね打ちのようなものだ」

「お前みね打ちで人殺す気かよ!」


 私が言えないことをフオちゃんが言ってくれた。フオちゃんの指摘にきょとんとして、ヤヨイさんは「二刀流なんてしたことが無かったから加減を間違えた」なんて言っている。言われてみれば、左手だけでやったんだね、アレ。ヤバ。オオノのことを考えると、この兄弟は顔はそっくりなのに色々と正反対だと思う。

 だけど、鞘で攻撃している、ということは相手を殺さないようにしようと気を付けてるってことだし、最低限人の心はある、のかな……。


 この立ち回りがかなり強烈な牽制になったらしい。魔術師達はそれぞれの形で戦う意思が無いことを示し始めた。ある者は片手に携えていた本を捨て、ある者はフードを取り、またある者はローブごと脱いだ。

 彼らがこうなるのも無理はない。だって、とんでもない機動力と武器を持った人が、自分達の能力を無効化しながら向かってくるんだから。彼らにとっては、敵の中で最も恐ろしい存在と言っても過言ではないかもしれない。


「レイ、まだなの?」


 マイカちゃんはレイさんに話し掛けるけど、詠唱中の彼女は当然答えなかった。答えられたら困っちゃうけどね。最初からやり直しだろうし。難は去った、と思っていたけど、何やら不穏な音が階段から聞こえてくる。


「何の音よ……」

「足音だな。重たい。おそらくは兵士だろう」

「マジかよー」

「フオさん。腕の肉もらえるかしら?」

「人をミイラにして殺そうとするな、あとあたしの腕の肉を食おうとするな」


 鎧を身に纏った兵士達が十名ほど、ところどころ崩れかけている階段を登ってきた。その姿を見た魔導師達は、降伏して見せたというのに、そそくさと彼らの後ろに逃げて行く。手のひら返すの早過ぎでしょ。


 そして、先頭の人が剣を抜きながら、怒鳴りつけるようにして言った。一人だけマントを付けてるから、多分偉い人なんだと思う。


「訳は聞かん! この国の宝であるブルーブルーフォレストを見守る神聖な場所を、よくもこんな風にしてくれたな!」


 魔術師達が「やっと隊長がパトロールから戻ったぞ」なんて話しているのが聞こえた。敵のほとんどの会話はこの塔の惨状についてだけど。パトロールとやらから戻ったばかりの兵士の中には、信じたくないという風に額に手を置いている者もいる。そりゃ、守ってきた塔がこんな風になったら頭抱えたくもなるよね……屋根とか消し飛んでるし……。

 ちらりとレイさん達を見て、まだ時間稼ぎが必要っぽいことを確認する。耳の後ろに汗が伝うのを感じた。



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