第113話

 クーが目覚めたのは夕方だった。私の作業のこともあったし、現在地よりも先は山や谷が続いて休めるところが無さそうだという懸念から、私達はそのままここで一晩を過ごすことになった。マイカちゃんの小手の調整も出来たことだし、ただ足止めを食らったという訳ではない。

 翌朝、元気に餌をついばむクーの様子を見ながら、大事を取って平地の移動は自分達の足ですることにした。そして、眼前には山々がそびえている。雲の帽子を被った立派な山だ。

 少し迂回するようにして頂きを避けて行くルートを取ろうと思う。私はマイカちゃんの肩から私の肩に飛んで来たクーに話しかけた。


「クー。もう飛べる?」

「クッ!」

「無理はダメよ。いいわね」

「ク〜!」


 言ったことを理解しているのいないのか、反応からは分からない。話しかけられて嬉しそうにするクーに、マイカちゃんはすっかり毒気を抜かれたらしい。


 クーは地面に降りると、体を大きくさせて翼を広げた。背中に乗り込んで準備が出来たと手綱を引くと、クーは振り返ってニコっと笑ってから翼を羽ばたかせる。

 ぐんぐんと高度とスピードをあげて、一つ目の山の辺りまで辿りついた。そのまま、頂きを左手に見ながらすれ違う。鞍にしっかりとまたがって、私はルートを確認する為に地上を見下ろした。


「どうしたの?」

「山を越える為とはいえ、昨日の後半よりもかなり高く飛んでるから。高度が下がってきたらクーを休ませる目安になるかなって考えてたんだ」

「そうね。自分から休みたいとは言わなさそうだし、私も気にしておくようにするわ」


 それから、腰に回されているマイカちゃんの腕を見た。精霊石の反応を見てみたんだけど、今のところは何の変化もない。ちなみに、彼女の左側の小手にはまた氷の力を付与しておいた。

 私達の心配を他所に、クーは元気に飛んでいる。そこで、私はようやく一つの可能性に気付いた。


「ねぇ、ドランズチェイスのとき、クーってバテてた?」

「どうかしら。でもそんなことはなかったと思うわ」

「昨日飛んだ距離ってドランズチェイスよりも多分短いし、スピードもゆっくりだったよね」

「……そうね。もしかすると、昨日はレースの疲れがたまっていたのかも」


 その可能性も考えられなくはないけど、あれだけ元気に飛び回っていた翌日にいきなり疲れが出てくるというのも考えにくい。私はマイカちゃんの仮説をやんわりと否定してから言った。


「いや……もしかしたら、クーにとって、火を吹くのって大変なことなんじゃない?」

「でも、あぺぺってなってただけじゃない」

「頑張ってもあぺぺってなっちゃうくらい慣れてないってことじゃん」

「うぅん、確かにそうね」


 あぺぺについてはもういい、スルーすることにする。

 とにかく、私はクーが慣れないことをして頑張った結果、急に疲労が襲ってきたのではないかと見ている。ガーゴイルと出会う前は元気だった気がするし。


「火を吹くって、クーは魔力を消費してるのかしら」

「実を言うと色んな方式があるんだよ。魔術の勉強をさせられた時に少し聞きかじっただけだから、私も詳しくはないんだけどね」


 ドラゴンが火を吹く原理は大きく分けて三つある。一つは体に元々火を吹く為の器官が備わっている種類。一つは魔力が高く、一種の魔法としてその能力が使える種類。あとは、特殊な餌を与えられたドラゴンが、適正さえあれば火を吹けるようになる。

 そんなことをマイカちゃんに説明すると、彼女はぽつりと呟いた。


「……クーはどれなのかしら」

「エモゥドラゴンは普通のドラゴンよりも魔力と密接な関係にあるみたいだから、多分魔法の類いなんじゃないかなって思ってる」

「じゃあクーも魔力の使い方を覚えることができれば……?」

「そうだね。多分だけど、きっとすごい火吹き竜になるよ」


 なんと言っても神話にその文献が残っているのだ。そしてその炎はモンスターの大群と村一つを焼き尽くす業火だったと聞いている。

 クーはいつか、きっと立派なドラゴンになれる。あぺぺってなっちゃったこと、本人はあんまり気にしてないといいな。失敗体験がそのまま苦手意識になっちゃったら可哀想だし。


 会話の後も一人で色々と考え事をしながら背中に乗っていると、なんと大きな街が見えてきた。

 マイカちゃんに手綱を任せて、風で飛ばされないように慎重に地図を開く。ユーグリアの他に、周辺にあんな規模の街はない。


「着いちゃったじゃん」

「クー! 頑張ったわね!」

「グオオ♪」


 偉い偉い。私はクーの背中をさすって長時間の飛行を労うと、着地できそうな人目につかないポイントを探して、そこに向かうよう手綱を引いた。


「クー、本当にすごい元気だね」

「昨日は魔力を消費しただけ説を裏付ける結果になったわね」

「確かに。まぁ、元々クーを戦闘に積極的に参加させたいとは思ってなかったし、別にいいよね?」

「当然よ。そのために私の小手を改良したんじゃないの?」

「グルル……」


 地上に降り立つと、クーにはすぐに小さくなって肩に乗ってもらった。誰かに目撃されるとちょっとめんどくさいからね。

 ここから少し歩いて、ユーグリアの正門前を目指そうと思う。

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