過去と今すら入り交じる街 ユーグリア
ユーグリアという街
第114話
「あの空気、魔法障壁でも張られてるのかな」
「空気……? 何も感じないけど」
マイカちゃんに分からないのは無理もない。というか普通の人ピンとこないだろう。あの感じは誰かが人工的に街を魔法で覆ったものではない。元々この土地にあったのだろう。そういう不思議な力が働いている空間があるというのは聞いたことがあるから、何もおかしいことではない。
私みたいにそういった力を感知出来る人がそこに街を作ったんだと思う。
あの魔法障壁がどんな力のものなのかは分からないが、空から街に入ろうとするのはやめた方がいいだろう。
空から自由に入れるようになっていたマッシュとは正反対だな。ユーグリア、一体どんな街なんだろうか。異性装してないと入れてもらえないなんて、かなり面倒くさそうなところだけど。
街の入口に近付いた私達はお互いの身なりを確認した。といっても私はいつも通りなんだけど。マイカちゃんの燕尾服の裾をピッと伸ばしてあげると、彼女は嬉しそうに付け髭をピンと引っ張って得気に鼻を鳴らした。
おどおどしてると怪しまれるかもしれないということで、出来る限り悠然と門に近付く。門の入口には一部をくり抜くようにして、受付のような場所が設けられていた。中には人影がある。私達の姿を確認すると、気さくに話し掛けてきた。
「こんにちはー」
城壁の中にいるとはいえ、これも一種の門番だろう。屈強そうな男性がしているイメージがあるが、私の前にいるのは軍服っぽい服装をした女性だ。私達を一瞥すると不思議そうな顔をして、すぐに中から出て来て、私の顔を見上げ始めた。
青い髪を肩くらいまで伸ばした彼女はくりくりの人懐っこい瞳を、マイカちゃんの肩に乗ったクーと私とに向けている。通っていいのかな。
「あ、あのぉ……?」
反応に困っていると、奥の方からもう一人出て来た。門番の制服の上からでもスレンダーなのが分かるくらい華奢な長身の女性だった。最初に受付から出て来た女の子が、後から近付いてきた子に何か耳打ちしている。
何かを短く話したあと、受付の子は少し困った表情で私に確認してきた。
「街に入りたいんだよな……?」
「はい、一応」なんて返事をしながら、私は自分よりも目線の低い女性が発した声に違和感があることに気付いた。
「あれ……?」
「あ、オレは男ね。こっちのヒョロっとしたのも男。で、えーと……うーーーん、女装にしてはかなり手抜きだけど……まぁ今回じゃ見逃してやるから、中でもうちょっとそれっぽい服に着替えた方がいいな」
この小さい子だけではなく、隣の長身美女も実は美男だったと知って絶句してしまった。そして、絶対にスルーしてはいけない事柄があったことをやっと脳が回収する。いや、気付きたくなかったんだけどね。衝撃的過ぎて。
「……女装?」
「え?」
目の前の少女? 少年? いや門番してるくらいだから大人なのかな? とりあえず可愛い人は私をじろじろと見ている。胸にすごい視線を感じる。殺そうかな。
私が危険な殺意の波動に目覚めそうになっていると、隣にいた美女……じゃない綺麗な人が言った。
「なぁ、マト。この子、女の子じゃない?」
「……え、じゃあオレすっげー失礼なこと言った?」
「ごめん、こいつも悪気があった訳じゃないっていうか、それだけあんたの男装が絶妙だったっていうか、その、あんまり気を悪くしないでやってほしい」
顔は綺麗なお姉さんって感じなのに声は普通に穏やかな男の人だ……女性に寄せるとかも一切せず、目を瞑って聞いたら男の人としか思えないような声。
そんな不思議な体験をしても尚、彼のした妙なフォローのダメージは誤摩化せなかった。別に男装してた訳じゃないんだよ……。
難しい顔をしていると、それまでしばらく黙っていたマイカちゃんが口を開いた。
「まぁ、二人とも美人だし。天然で自分よりもボーイッシュな女の子を見たらこういう反応にもなるんじゃないかしら」
「トドメ刺すのやめてよ」
そうして私達は街に入ることを許可された。上空からの侵入はやっぱり禁止で、常に出入りできるようになっているのはここだけなんだとか。つまり、この街に入れるかどうかはこの正門の門番の裁量次第、ということになる。だから二人体制なのかな。一人サボってたっぽいけど。
「ラン、さっきのこと、まだ気にしてるの?」
「え? あぁ。ううん。もう平気だよ。だって……」
白い壁の建物が立ち並ぶ光景は独特で、でも全然嫌な感じはしない、すごく素敵だ。エキゾチックっていうのかな。
ちなみに、さっきのことはもう気にしてない。というか気にならなくなった。すれ違う人達の多種多様さを目の当たりにしたら、どうでもよくなったっていうか。
門番なんだから私みたいな人のこと見慣れててよなんて思ってたけど、確かにここには、ぱっと見て性別が分からない人がたくさんいる。
マイカちゃんなんかは「街に入る為に異性装してます」という感じが出ていて分かりやすい部類だけど、中には「異性装する為にこの街にいます」という人も大勢いるんだろう。
目にする全てが新鮮で、私達は宿を探すことも忘れて大通りを歩いていた。
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