第96話
クーを引き取って数日、私達は二人でクーの世話をして、背中に乗る練習をさせてもらって、たまにそのままルークの手伝いをして過ごしていた。
ちなみにルークの代わりに簡単な配達に行くのは私だけだ、マイカちゃんは行かない。当然だ、地図がほとんど読めないから。
私ばっかりずるいなんてだだをこねられたらめんどくさいと思っていたけど、彼女は配達業務に一切魅力を感じないらしく、むしろやらなくてよくて良かったーくらい思ってると思う。やらなくていいワケじゃないんだけどね。ただ任せられないだけで。
あと、直した鐙の調子はすこぶる良いらしい。ルークはドラシーに跨ったまま、鐙の上で立って見せてくれた。耐久性もバッチリのようだ。直した右側だけじゃなく、案の定緩んでいた左側も調整しておいて良かったと思った。
今日も東区まで配達を終わらせてきたところだ。事務所のデスクに座っていると、ドロシーさんが淹れてくれたお茶を運びながらマイカちゃんが言った。持ってきてくれるのは嬉しいけど、運び方が雑なせいで大分こぼれてる……まぁいいか。いつものことだし。
「今日はもう配達無いの?」
「うん。私はドロシーさんの書類の整理手伝ってるから、少しクーを休ませてあげたらマイカちゃんが乗っておいでよ」
そう告げると、マイカちゃんは分かった! と快活な返事をして屋上へと走って行った。休ませてあげてからっていうの、聞いてたかな……。まぁ、クーが嫌がったらマイカちゃんも無理強いはしないだろうし。
私は気を取り直して書類と向き合った。それは受注書類の束だった。内容ごとに分けてファイルすることになっているものの、処理が後回しになって、未分類のものが溜まっているらしい。
中身は読まずとも、書類の右端に付いてるマークの色で分けられるから難しい作業ではない。でもこれ、よく見たら念書じゃん……。
「いいんですか。私がこんな書類見ちゃって」
「あぁ。思った通りだ。念書だってやっと気付いたんだろ。それくらい書類に無頓着なら逆に任せられるってモンだ! わはは!」
「たしかに。こういうのじろじろ見るような性格じゃないかもなぁ、私」
そうして書類を処理していく。たまに「死んでも文句は言わない」とか物騒な文言が視界に入って思わず手が止まったりしたけど。ちなみにそれは何か生き物の運搬依頼だったみたいで、ちょっとホッとした。
書類の山が大方捌けた頃、マイカちゃんが事務所に入ってきた。そしてまだ作業をしている私の隣に立って言った。
「ただいま。ランいる?」
「私にランいるって聞くのやめてよ、どういうことなの」
「冗談よ」
「あそう……」
良かった、私をラン以外の何かとして見てるワケじゃないんだね。そうだとしたら軽くホラーなんだけど。
顔を上げると、マイカちゃんは何とも言えない表情で私を見ていた。あ、この子何かやらかしたな。そう直感しつつも、訳を聞いた。
「なんかあったの?」
「ドランズチェイスっていうのに出ることになったわ」
「? なんかどっかで聞いたことあるような……」
「おいおい、ドランズチェイスって、ルークやリード達が出る、祭りのレースの名前だぞ」
「………………………………………」
あのさ、何がどうなったらそうなるの? マイカちゃんってあのレースに出たがってたっけ? いや、そんなことないよね。絶対なんかやらかした結果そういうことになってるよね。
無意識に表情が強張っていたらしく、私と目が合ったマイカちゃんは言い訳をするように経緯を話し出した。
「ち、違うわよ。さっきクーに乗ってたら、オッサンが「おいなんだその色、塗ったのか?だっせー」なんて言ってきたのよ」
「命知らずな」
「そいつはびゅんびゅんスピードをあげて、悪口を言うだけ言って去って行こうとしたわ。ドランズチェイス上位者の俺に追いつけるワケねーだろ! とか言って」
「……」
もう十分嫌な予感がするけど、まぁ聞こう。私は耐えるように彼女の話に耳を傾けた。
「なんとなく良くないことを言われてると察したっぽいクーが怒って、体が三倍くらいになっちゃったの」
もうイヤ。これ絶対そのまま追いかけて民家破壊してその償いは賞金で、みたいな流れじゃん。私だって分かるよ。
「民家破壊したの……?」
「ううん、クーはちゃんと避けて飛んでたわよ」
ほっ……じゃあなんだ? どういうこと? あ、追いつかなくて、そいつにリベンジを果たしたいってことかな。いや、きっとそうだ。そうだとしたらマイカちゃん、いいとこあるじゃん。クーも悔しかったろうし。
「追いつけなかったってことかな?」
「ううん。流石に体格があんなに大きくなったら追いつくわよ」
「え……?」
ううん、もう分かんない。その飛行技術を見込まれて、近くにいた人にスカウトされたとか? あぁこれだ、絶対そうだ。
「まぁ追いついたあとは軽くブン殴ったし、クーの体も元に戻ったからその場を離れたんだけどね。見つかったらヤバいなって思ったし」
「見つかったらヤバいレベルの怪我をさせたんだね」
「まだシバき足りない感じがしたから、帰る足で選手登録してきたの」
「死神かな?」
どんだけ怒ってんの。でも選手登録まで済ませて来たとなると、応援しない訳にはいかない。レース中、そいつに追いついても危害を加えるような真似だけはしちゃダメだよと念を押すことしか私には出来なさそうだ。
生まれつきの体の色をバカにされたとなったら許せないのも分かるんだけどさ……。仕事のせいかなぁ……なんかどっと疲れが出てきたなぁ……。
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