第95話
「スタートはあそこ、中央区の大聖堂の上。そこから東区に向かって、サンザホテルの外を回って……」
屋上から街を見渡して、ルークは周囲をなぞるようにグルっと指を差した。私達は彼女が指す方を眺めてそれっぽい建物を探す。流石に西区の心から東区の建物は見えないけど。目標になるくらいなんだから街一番のホテルなんだろうな、とは思う。
そう、私とマイカちゃんはドランズチェイスのコースの説明をルークから聞いていたのだ。観戦するにしてもルートやルールを知ってた方が楽しいだろうしね。
彼女が指す彼方の風景を想像していると、その指は弧を描くように西区の城壁に向かった。この国を囲っている大きな城壁だ。
「サンザホテルのチェックポイントを通ったら、西区の城壁に立てられたフラッグを受け取るんだよ」
「フラッグ?」
「そそ。国旗のね。持ってるのは事前抽選で選ばれたフラッガーと呼ばれる観客達。選手は猛スピードで飛んでくるから結構危ないんだけど、すっごい競争率高いんだよ。毎年抽選が行われるの」
「へぇー。私もやってみたいなぁ」
お祭りにそんな形で参加できたら面白そうだ。人気があるらしいから難しいだろうけど。能天気にぽつりと言った私に、ルークは言った。
「兄貴が担当だったと思うから譲ってもらいなよ」
「担当って?」
「フラッガーは城壁に登って一列に立ってるんだけど、全員が観光客だとね、色々問題があるんだよ」
「言われてみれば、ビビって手を引っ込めちゃう人とか居そうね」
なるほど。それで最低人数はこの国出身の慣れてる人を混ぜておくわけか。でも、いいんだろうか。ドロシーさんがすごく楽しみにしてたら、とっても申し訳ないし。
「あー、いいのいいの。兄貴は何度もやってるし、今年は私がレースに出ることになっちゃったから、フラッガーの仕事がなくなるなら簡単な国内の配達に回れるし。きっと喜ぶと思うよ」
そしてフラッグを受け取った選手達は居住区へと飛び去り、チェックポイントに到達すると、一直線に王城へと向かうらしい。
「最後に王城の天辺にフラッグを最初に届けた選手が優勝。面白そうでしょ?」
「結構本格的なんだね」
「そりゃ国をあげてのレースだしね」
「にしても、やけにコースに詳しいのね。実は興味あったんじゃないの?」
マイカちゃんがちょっと意地悪な質問をぶつけると、ルークはないない、と手を振って笑った。
「まさか。私達はそのレースの邪魔をしないように仕事しなきゃいけないから、結構大変なんだよ?」
「言われてみればそうね」
「それに、レース中は選手同士の決闘が始まることもあるんだ。巻き込まれたら危ないんだよ」
ルークははっとした顔をすると、頭を掻きながら呟いた。
「にしても、そんなレースに出るなら
「アブミ?」
「そそ。足かけるとこ」
「あぁ、あれか。確か余ってたよね?」
「ドラシーの
なるほど。道具に対するこだわりは私にはとてもよく理解できる。マイカちゃんには絶対分かんないだろうけど。彼女の方を見ると、案の定「は?」という顔をしていた。期待を裏切らないよねぇ……。
ドラシーの小屋の隣に置いてある鞍を見せてもらうと、右足の足を掛けるところが壊れているのがすぐ分かった。
「このパーツが取れちゃったんだね」
「そうなんだ。気付いたら壊れてて、多分留め具はキリンジ国の何処かだよ」
「ちょっと倉庫の中、見てもいい?」
「え、うん」
私は倉庫の中の工具や余ってるパーツを確認すると、扉のところに立っているルークに笑顔で振り返った。
「私で良かったら直すよ、ドラシーの鐙」
「え?」
「あぁ。そういえばルークは知らないんだっけ。ラン、ああ見えて本職が鍛冶屋なのよ」
「はぁ!?」
そんなに驚くかなぁ……一回でいいから言われてみたいな。「やっぱり! 職人っぽい顔付きだなぁって思ってた!」とか。いやどんな顔だよって感じだけど。こうも意外そうなリアクションをされるとちょっと憧れてしまう。
「……えーと、じゃあ鍛冶屋さんが慌てて勇者の邪魔する為に旅に出てたの?」
「まぁ。そうなるね」
邪魔する為にって言われるとめっちゃ嫌な奴っぽいけど、間違ってはいない。端的に述べると、すごい変な理由で旅してるんだな、私達。
「にしても職人さんか。かっこいいね」
「これもランが作ったのよ。私のサイズに調整してくれたの」
「え!」
ルークはマイカちゃんの手を取ると、まじまじと小手を観察している。そうして任せられると判断したのか、「一件だけ隣の町まで配達があるから、それ終わってからお願いしていい?」と聞いてきた。
久々の依頼に心が躍る。もちろん、彼女からお金を取ったりはしないけどね。
「それって何時から?」
「お客さんの都合で遅めの時間なんだよね。あと二時間くらいでここを発つかな」
「オッケー。じゃあすぐに作業に入るかな。出発までにはなんとかするよ。配達行くときに具合を確かめて」
「そんなすぐ直るの!?」
「使ってない装具のパーツを流用すればいけるんじゃないかな」
そうして私は有り合わせの工具と装具でドラシーの鐙を直して、ルーク達と食べたあの平たいパンを買って帰った。今日はこれからだらだら過ごそうと思う。明日、直したパーツの具合を聞くのが楽しみだ。
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