第79話
マイカちゃんは私の手をぎゅっと握っている。ちなみに手の前には、腕や服をぎゅっとされている。何かを握っていると少しだけ楽になるらしいので、基本的にマイカちゃんの気の済むようにさせていた。
冷たくて小さな手が私を必死に掴んでいる。こうしてると可愛いんだけどなぁ……。ちょっと力強すぎる感じがするけど、まぁマイカちゃんだし。ただでさえ今はしんどいと思うので好きにさせてあげよう。
「マイカちゃん、なんか話しよっか」
「そんな余裕ないわよ」
「……じゃあ、私が質問をするから、マイカちゃんはそれについて考えて、余裕ができたときに教えてよ」
「……それくらいなら」
とにかく気が紛れた方がいいだろう。私はそう言うと、早速彼女に対する質問を考えた。好きな色とかそういうのじゃ駄目だ。もうちょっと考えて答えなきゃいけないようなものの方がいい。
そうして私は、ずっと引っ掛かっていたあることをぶつけてみようと思い至った。答えてくれるか分からないけど、わりと本気で知りたいんだよね、これ。
「マイカちゃん。私のこと、嫌いじゃないって言ってたよね」
「……? それがなによ」
「少なくともこうやって一緒に旅をして、辛いときには手を握ってくれるくらいには頼ってくれてる」
「回りくどいわね! はっきり言いなさいよ!」
「ハロルドにいた頃、なんで私に塩撒き続けたの?」
マイカちゃんはきょとんとしてから真っ赤になって、そのあと真っ青になって馬車の布をはぐってキラキラした。
多分、これは彼女にとっても、どうでもいいことではないと思う。だって、マチスさんに鍛冶仕事で泣きつきに行って、会う度に毎回塩を投げられてたから。これが無意識下での行動だと主張するなら、わりと本気で心配だから病院に連れてく。
積極的に私を撃退しようとしてた訳ではないと思う。どちらかと言うと顔を合わせないようにされてる感じもあったし。まぁ私も仕事中にマイカちゃんと会うなんて最低最悪過ぎるから、居ないことを毎度願ってたけど。
やっと落ち着いたっぽいマイカちゃんは、戻ってきても私の服や手を握らなかった。なんかちょっと距離を感じる。もしかして、しちゃいけない質問をしたんだろうか。でも自分が塩撒かれたら、その理由を知りたがるのって人として当然だと思うんだよね……。
私はとりあえず彼女が話し始めるのを待つ事にした。高速で移動する馬車にも馴れてきたし、時折外の様子を気にかけておけば大丈夫だろう。さっきマイカちゃんが馬車の布をめくったときに見えたのは草原だ。山賊もこんなところに出てきたりはしないはず。
しばらく沈黙して、たまにマイカちゃんがキラキラして。私が質問を投げかけたことなんてもしかしたら忘れちゃったかなって心配になった頃、マイカちゃんはようやく呟いた。
お母さんがバカにするから、と。
「……?」
ごめん、ちょっと分かんない。え、メリーさん私のことバカにしてたの? あいつ腕悪いからほぼ毎日家来るわ、みたいな? なにそれめっちゃ傷付く。
そしてすぐに考え直す。そんな訳がない。彼女は私が父を亡くしてから、実の母親のように気にかけてくれていたのだ。つまりバカにされたいたのはマイカちゃん、ということになる。まぁ本当にバカにされてたのかも怪しいけど。
言葉数が少ないから推理みたいなことしなくちゃいけなくなってるじゃん……キラキラが辛いのは分かるけど、もうちょっとちゃんと喋ってよ……。
「……それ以上は言いたくない」
「えー……そこまで言ったんだったら言おうよー……」
「やだ」
「そこをなんとか、ね?」
ここまで聞かされて引き下がれるか。私は拝むように手を合わせてマイカちゃんに懇願する。両手のよこから顔を覗かせて彼女の顔を見ると、少し考えるような素振りを見せてからマイカちゃんは言った。
「今は気分が優れないから話したくない。私のキラキラを食べる覚悟があるなら話してもいいけど」
「ごめん、この話やめよ」
言いたくないにしてももっと他の条件提示しない? 何そのすごい特殊な性癖の人が喜びそうな条件。
あいにく私はその辺ノーマルだから、いくら知りたいと言ってもそこまで踏み込むことはできない。っていうか「わかった、食べる」って言ったら絶対ゴミを見るような目で見てたでしょ。そこまで考えると、間髪入れずに「え!? 食べていいの!?」と言うのが最も適切だったような気がしてくる。ドン引きされるだろうけど、上手くいけば話してもらえたかも。
「私のキラキラを食べる気概もないくせに、安易に聞き出そうとしないことね」
「普通はそんな気概を持って人との会話に臨まないからね」
私がマイカちゃんを諭していると、小窓が開いて、そこからドロシーさんが顔を覗かせた。そろそろ渓谷に入るからスピードを上げるぞ! と言われた私は、今までのがトップスピードじゃなかったことを知って愕然とした。
「山賊に目を付けられる前に橋を越える予定だ! 万一に備えて気を引き締めとけ!」
「わ、分かりました。マイカちゃん、今のうちにキラキラしといた方がいいんじゃない?」
「大丈夫よ、なんか話してたら気が紛れたし」
「そりゃ良かった! ゲボ吐き終わるまで待つ余裕はなかったからな! わはは!」
ゲボって言うな、ゲボって。キラキラって言ってあげて。ドロシーさんが言い終わるや否や、馬車がぐんとスピードを上げたのが、荷台からでも分かった。木箱に入った果物が今にもこぼれそうな様子で弾んでいる。良かった、こんな中後ろから顔を出して吐いたら、そのまま落ちてしまいかねない。
キラキラしながら馬車から転がり落ちるマイカちゃんを想像するとものすごく居た堪れない気持ちになる。
「なんか失礼なこと考えてたでしょ」
「別に?」
私は視線を逸らしながらマイカちゃんに返事をした。さすがにいま目を合わせるような図々しさは持ち合わせていない。
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