第189話
私とフオちゃんは打ち合わせを始めた。当然、長々と話すつもりはない。手早く終わらせて、新たな面倒が舞い込む前にここをおさらばする。というか、したい。
「あたしがここで使える攻撃っぽい魔法はファイズだけだ」
「私も今のところは……」
メモを見れば何かあるとは思うけど。鞄の中をまさぐろうとしていた手を止めて、私は振り返った。もっと簡単に確認できるかもしれないって思ったから。
「ニールは何か知らないの?」
「私は詠唱系の魔法しか使わないので……」
「嘘だろ。さっきゴージャスプラッシュって唱えてたろ」
「では、フオもそう唱えてみれば良いのでは?」
「はぁ?」
フオちゃんがどこまで魔法について理解しているかは分からない。が、私にはニールが何を言おうとしているか伝わっていた。
要するに、あれがニールにとっての詠唱だった、ということだろう。彼女固有の力を引き出す為のトリガーになる言葉なんだから、もしかするとなんだって良かったのかも。
それを説明すると、フオちゃんはなるほどなぁと言って腕を組んだ。彼女は治癒の力を使う時に無言で行うタイプだから、あんまりピンと来なかったのかもしれない。そっちの方が少数派だと思うんだけど。まぁ、あの環境じゃ、魔術師に会う機会もあんまり無かったんだろうな。
とにかく、そういうことなら私のメモの出番だ。鞄からメモと見つけ出して広げてみる。ちなみに、私達がこんな風にのんびり話をしている間にも、レイさんが作った魔法の壁にはガンガン魔法が放たれている。たまに衝撃波とか視界を覆う水や炎で向こう側が見えなくなるくらい。
それでも、障壁は破られるどころか、ヒビさえ入らなかった。レイさんは「勇者が来ることを考えると急ぐべきだけど、屋根も綺麗さっぱりなくなって直射日光が差している環境で力が尽きるなんて逆に想像できないくらいだから、私のことを心配するって意味では全く焦らなくていいよ」なんて言って、今はあくびをしながら崩れた壁の向こうの砂漠を眺めている。
「ラン、どうだ?」
「えっと、セイン国は……風の魔法は二つ書いてある。バラムと、バラム・バラム」
私は手書きの紹介を読み上げる。バラムはこの国の、風の基礎魔法だ。詳細は書かれていないが、他の国の魔法と同じようなものだとすると、おそらくは目くらまし程度の風、もしくは肌を裂く程度の風を起こせる魔法だと思う。
バラム・バラムは上位魔法と書いてあるので、それが強力になったものと考えておけば良い。まぁ、名前からもなんとなく上位魔法っぽい感じ出てるしね。これで全然違う効果の魔法だったら多分キレると思う。
「メモに残っててよかったな。とりあえず、殺さずに無力化できそうだ」
「うん。いくら私達を捕まえようとしてる人達だって、できれば殺したりしたくないからね……」
「あぁ、分かってるって」
嬉しい。フオちゃんは私の肩をしっかりと掴んで、当たり前だろって言うように頷いてくれた。だけど、後ろでマイカちゃんとニールが「二人はあんなこと言ってるけど、いざとなったら……分かってるわね?」「いざとなったら? ふふ、マイカさんって案外甘いんですね」なんて恐ろしい会話を繰り広げている。
私は二人にも無闇に人を殺したりしないよう言いつけてから、フオちゃんと考えている作戦について共有した。
「転送陣には影響を与えないように、いくつか私が壁を作るよ」
「壁を? 魔法で?」
「そうそう。それに隠れて、私達は魔法で牽制し続ける」
「地味だな……」
「仕方ないでしょ……派手にやって死者が出るよりマシだよ……」
私達が打ち合わせをしている最中、レイさんとクロちゃんは、敵の魔術師たちが次に何属性の魔法を放ってくるか当てるゲームを始めてしまった。自由過ぎる。「ねねっ」と話しかけながら横から腰を抱くレイさんと、慣れた様子で普通に受け入れるクロちゃん。腰に手が添えられていることを気にかける様子はない。なんかいけないものを見てしまった気がして私はさっさと視線を逸らした。
同じように、二人の様子をしらーっとした顔で見つめているフオちゃんだったけど、私への返事は肯定的なものだった。
「長くても十五分くらい時間を稼げばいいんだもんな。よし、それで行こう」
「話はちゃんと聞いていたわ。いざとなったら殺る、そういうことよね?」
「どういうことかな?」
「マイカさん、違いますわ。いざとなる前に殺る、そういうことですわよね?」
「より野蛮にするのやめろ」
約二名ヤバい人がいるけど、これ以上時間を無駄にはできない。私はレイさんに声を掛けると、魔法障壁を解除してもらった。
間髪入れずに、私は大地の精霊に呼び掛ける。身を隠す為の壁が、床からせり上がってくる。壁の厚みは指定しなかったけど、簡単な魔法が当たってもびくともしなさそうな厚みで出来ているようで、ちょっとだけ安心した。
あとは適当なところに隠れて、たまに魔法使いを放って「こっちくるな」攻撃をして、レイさん達の準備が終わるまでやり過ごそう。
二人を見ると、いつの間にか部屋の隅っこに移動して、なんか顔を寄せ合っている。あれ、絶対詠唱の準備じゃない。私は「転送陣早くどうにかして!?」と絶叫していた。
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