第190話

 私がかなりやっつけで考えた”ちまちま魔法作戦”は案外悪くなかった。魔法を放ったり、たまに瓦礫を投げて驚かせたり。相手からするとかなり腹の立つ戦法だと思うんだけど、順調に時間を稼いでいる。バラム・バラムが向こうの魔術師に相殺されてほとんど効果がなかったのは予想外だけど、ファイズがあるからすぐにそちらに切り替えることになった。風の魔法が放たれるのは計算の内だったみたいだ。まぁ、一番厄介だもんね、普通に考えて。

 障壁を解除した途端、ここぞとばかりに攻撃されると思っていたけど、実際は違った。あれほど有用な障壁をわざわざ解除する理由を、敵は探していたのだ。罠かもしれないとか、転送陣に詠唱するレイさん達を見て、大きな攻撃が来るから障壁の準備をすべきだとか。時たま漏れ聞こえる魔術師達の声から、なんとなーく相手の考えていることを読み取れた。


「おい、ラン。向こうの動き、静か過ぎないか?」

「警戒されてるんでしょ?」

「……いや、それにしては妙だ」


 フオちゃんは、壁の向こうにいる筈の見えない敵を睨み付けるようにして言った。妙だという意見に反対はしない。大人しすぎる感じがするっていうか。向こうの魔術師は二十人弱。だというのに、私達の牽制を防ぐくらいのことしかしていない。そして、扉の奥の方に引っ込んでいく魔術師がちらほら。


「あの人達の後ろの扉って、廊下だよね。確か」

「あぁ」

「私達に見えないように作業するには、持ってこいだよね」

「……でも、ランは何も感じないんだろ?」


 フオちゃんが言ってるのは、私の魔力感知の力のことだと思う。勇者がすごいオーラを放っているように感じたとかそういうの。彼女が言うように、廊下の方からは何も感じない。

 とはいえ、だから安全だと断言するのは早計だ。目に見えない力に敏感なのは、何も世界中に私一人だけではないから。感知能力だけをみれば、私なんかよりも優れてる人はたくさんいる。先方がそれを警戒して、分からないように準備の手段を変えたり、偽装の魔法を使用するのは有り得ない話ではないと思った。


「ここ、よろしく」

「おう」


 私はフオちゃんにそう言い残して、できる限り敵に姿を晒さないように、マイカちゃんの元へと走った。そしてすぐにお願いをする。


「マイカちゃん。私と手、繋ご」

「は、はぁ? 何よ、急に」

「その状態で炎の拳を、あの壁めがけて飛ばしてくれない?」

「別にいいけど……そんなことしたらあの壁、吹っ飛ぶわよ?」

「うん。吹っ飛ばして」

「……ふふ」


 任せなさい。

 マイカちゃんは私の要望を聞くとそう言って、にかっと笑った。手を繋ごうと言われた時はすごく可愛い感じで戸惑いの表情を浮かべていたのに、今は悪い顔で笑ってる。

 彼女はすぐに、何の迷いもない様子で壁の前で正拳突きを放った。ぼごっ! と崩れる土の壁や、それで露になる私達の体も心配だったけど、すぐに身を屈めて魔法の成り行きを見守る。

 真っ赤だけどファイズよりも一回り小さいオーラ。マイカちゃんの拳から放たれた衝撃を炎属性の魔力で包んだもの、と言い表すのが一番近いと思う。みんな、フオちゃんが飛ばして来た火の魔法は障壁なんかで防いでいるのに、マイカちゃんの攻撃には目もくれない。

 変な音が鳴ったし、小さいし。失敗したできそこないの魔法なんじゃないかって思われてる気がする。マイカちゃんがキレそうだから黙っておくけど。


「……やっば」

「?」

「伏せて」


 私はマイカちゃんの袖を引っ張って、彼女を強制的にしゃがませた。確かにサイズは小さくなっていたけど、それは失敗したからなんかじゃない。放たれたものからは尋常ではない力を感じた。

 多分、力がぎゅっと凝縮されているから小さいんだ。マイカちゃんが意識してやったのか、無意識にそうなったのかは分からないけど。


 マイカちゃんがしゃがむとほぼ同時に、彼女の放った攻撃が壁にぶつかった。なんとなく察知していたから私は備えていたけど、そんなことをしているのは私だけだ。他の人はというと、魔法を発動させた本人ですら驚いている。

 拳の勢いを乗せた赤い魔法は、壁に衝突した直後、強烈な破裂音と爆風を伴って爆ぜた。近くにいた敵の魔導師なんかは耳が一時的にやられていてもおかしくないくらいの音だ。爆弾を放り込んだみたいに、周辺に居た人達が吹き飛ばされて倒れている。

 壁の向こうに隠れて何かしているのではと思って壁を壊してもらったけど、どう考えてもやりすぎだ。衝撃のわりに火の勢いが弱かったが、不幸中の幸いだった。おそらくは魔力供給が追いついていないのが原因だと思う。だけど、本当にそれで良かった。あの衝撃に見合うだけの魔力が注がれていたら、多分私達まで吹っ飛びながら黒こげになっていただろうし。

 元々戦いで脆くなっていた壁は、当然崩れた。ばらばらの粉々に。そして私はマイカちゃんを労ったりする前に駆け出した。


「砂の精霊さん! お願い!」


 そう、彼女の放った魔法はこの部屋の壁を吹っ飛ばして、さらに廊下の壁も吹っ飛ばして、その間に居た魔術師達をも吹っ飛ばした。

 要するに、私が睨んだ通りに壁の後ろに隠れていた十人くらいが、塔の最上階から外に投げ出されてしまったのだ。私は瓦礫と共に地上へと落ちていく人を見ながら、無我夢中で砂の精霊へと呼びかけた。



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