乾きを知らぬ碧の杜 青の柱

第173話

 水路の横の道を歩いていると、ここが砂漠のど真ん中にある塔だということを忘れそうになる。涼しくて、だけどじめじめとしている訳ではなくて。最近立ち寄った場所の中で、最も過ごしやすいと言っても過言ではないくらいの環境だった。まぁちょっと暗いんだけど。

 たまにカクッと折れ曲がるように直角に水路が曲がっている。当然、道もそれに沿うようになっているので、私達が真っ直ぐに進むのは不可能だった。まぁ目的地がどこか分からないから、いいんだけどね。

 そうやって曲がったり、十字路に出くわして適当に道を決めたりして。何かあるぞ、と言ったのは先頭を歩いていたフオちゃんだった。


「……舟?」

「これ、三人乗れるか?」

「大丈夫でしょ。一人一つでも、私は構わないけど」


 彼女の後に続いてひらけた大部屋に出ると、小舟がいくつも横に並んで私達を待ち構えていた。大木を切り出して作ったかのような簡易的な舟を見下ろして逡巡する。

 何これ。周囲を見ても、他に回り込めるような道はないので、おそらくはこれに乗れ、ということだと思う。ちなみに、この小舟達がどこに行くのかは分からない。舟の行く先は不自然に真っ暗になっているので、魔法の類いで目隠しされているんだと思う。精霊の力でどうにか見れないかなと思ったけど、さすがにこの塔を管理している女神の力の方が上回ったようだ。まぁ塔の女神が制御できなくなったりするってかなりヤバいしね。


 根負けしたように、私は適当な小舟に乗り込んだ。振り返ると、マイカちゃんがすぐ後ろにくっついて、私の腰を抱こうとしてるところだった。


「え……一人ずつ別のに乗るんじゃなかったの?」

「そうは言ってないわ。それでもいいって言っただけ」

「……フオちゃん、どうする?」

「正直二人の邪魔したくはないんだけどな。何かあって一人だけはぐれたら、わりと本気で死ねると思うから付いていきたい」


 フオちゃんのこれでもかというほど正直な言葉を聞くと、マイカちゃんはめんどくさそうに手招きをした。「一緒に行くに決まってるじゃない」という風に読み取ったらしいフオちゃんは表情を輝かせる。一番後ろに乗り込んだ彼女は、マイカちゃんの肩に手を置いたようだ。


「意外だな。ラン以外の人は触らないでって怒られるかと思った」

「ランが触られるよりよっぽどマシよ。」


 なんかさらっと恥ずかしいことを言われた気がするんだけど、今は先を急ごう。全員が乗り込んで落ち着いたところで、舟はゆっくりと動き出した。おそらくは魔法の力が働いているのだろう。フオちゃんもすぐにそれを感じ取ったらしく、マイカちゃんだけが一人でビクッとなって周囲を見渡しているみたいだった。可愛いね。


 カクンと不自然なカーブを描いて大部屋の先にあった通路に入っていく。並べてあった小舟はそれぞれ決まったルートを走るようになっていたらしい。え、めちゃくちゃ嫌な予感がする。


「あのさ」

「何よ」

「これ、正解は一隻だけだったんじゃない?」

「……そうかもね」

「ハズレのルートって、どこに出ると思う?」

「どうしてそうネガティブなのよ。これが当たりかもしれないじゃない」


 逆に聞くけどなんでそんなにポジティブなの? 私はマイカちゃんの自信満々さに言葉を失った。その間にも舟はスピードを上げていく。

 横にも縦にもほとんど余裕がない水路をぎゅんぎゅんと進む。太った人が舟に乗ってたら引っかかってたんじゃないかってくらいに狭い。壁にぶつかったりはしないだろうけど……嫌な予感がして、私は首から下げていたゴーグルを装着した。風で目を瞑っている間にドーンとか嫌だからね。


「ラン! この舟ヤバいぞ!」

「うわ!?」


 直角とまでは言わないけど、かなり急なカーブをぐんと曲がる。びっくりしたーなんて言おうとしたら今度は逆の方向に急カーブ。S字の通路になっていたらしい。暗いから先が見えなくて、その度に心臓が跳ねる。

 先が見えないのも凄く怖いけど、それよりも私を直接的に脅かしているものがある。それは私の腰をガッチリと掴むマイカちゃんの腕だ。


「なによ! これ!」

「マイカちゃん、痛い……っていうか、苦し……」

「怖い怖い!」

「クォ~~!」


 マイカちゃんが声を上げると、それに呼応するようにクーまで慌てだした。もしかすると、マイカちゃんの首にしがみついているクーも、結構な力でぎゅっとしてるかもしれない。そう考えると、マイカちゃんの肩に乗っていてもらって良かった。マイカちゃんに胸部を圧迫された上にクーに首を絞められてたら……うん、意識失ってたかも。


「ちょっとラン! どうにかしなさいよ!」

「そんなこと言ったって! 水の流れを操作するってどの精霊になんて言ったらいいの!?」

「知らないわよ! 水の流れの精霊とかいないの!?」

「極地的すぎない!?」

「あ、おい! 出口だ!」


 振り返ってマイカちゃんと口論していた私は、フオちゃんの声で前へと向き直る。すると、出口っぽい光が近付いていた。光の中に飛び込むようにして通過すると、体が宙に浮いた。


「うわーっ!?」

「なんなのよ!」


 体を投げ出され、ゴーグル越しに外を見る。なんか、見たことあるな、ここ。そんな風に思ったのもつかの間、体が水の中に叩きつけられる。顔を振って辺りを見渡す。


「なんだよ、これ……」

「ここ、回復する泉と勘違いしたところじゃない……?」

「戻されたってワケ……?」


 状況は理解した。私はこれまで歩いてきた苦労や時間が無駄になったことに落ち込みながら、水場の縁に手を掛けて地上に立った。マイカちゃんが口を押えている。慌てて彼女を引っ張り出すと、壁のところまで連れてってキラキラさせた。


「うわ、あっぶねー……」

「水の中でキラキラするところだったわ……」

「次ハズレを引いた時にそれが混じった水に入るのは、ちょっと嫌だからね……」

「ちょっとどころじゃないだろ……」

「クオ……」


 みんなで難を逃れたことにほっとしていると、遠くから異音が聞こえて、一斉にそちらを見た。そこには、さっきまではいなかったゾンビみたいな敵が立っていた。


「チッ……」

「……………………………………ここ、めちゃくちゃめんどくさいね」

「そうね。正直ブチギレそうだわ」


 分かる、私もちょっとキレそう。


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