第193話

 敵を倒したと思ったらまた敵が現れた。本当は一刻も早くここから逃げ出したいんだけど、逃げ出すための準備をしてる最中なんだから泣き言も言ってられないっていう。

 この場で優先的にすべきこと、それは……。私はすぐ隣に立っていたヤヨイさんに囁いた。


「ヤヨイさん、ルークを連れて戦線を離脱して下さい」

「私達はドラゴンがいるからどうとでもなる、乗りかかった舟だ」

「いいえ。二人が助太刀に来てくれて本当に助かりました。だけど、これ以上巻き込む訳にはいきません」

「しかし」

「セイン国はドラゴン騎士団を有しています。彼らが来てからだと、ヤヨイさん達も逃げられなくなってしまいます」


 そう、この国の騎士団は任務の為ならどこへだって飛んで行く。ドラゴンに水浴びをさせてやりたいなんて理由でハロルドまで来てたくらいなんだから。

 ヤヨイさんは押し黙った。おそらく、彼女は自分の保身のことなんて未だにこれっぽっちも考えてない。きっとルークのことを気にしているんだ。彼女がどこまで知っているかは分からないけど、一緒に配達をしていたということはルークの簡単なプロフィールは知っているだろう。

 本人から告げることは無さそうだけど、それでもドランズチェイスの優勝者だということは知っているはず。ドラゴン騎士団の人達全員がルークを知らない可能性は、かなり低いと思う。身元がバレれば、仕事どころじゃなくなるのは明白だ。


「……ラン、その件についてだが、心配ない」

「……え?」


 ヤヨイさん、どうしちゃったんだろう。願望を真実だと勘違いするタイプには見えないんだけど……うん……?


「実を言うと、ここに来るまでにドラゴン騎士団に会ってるんだ、空で」

「え」

「貴様ら、生きてここから出られると思うなよ!」


 吠える割に何もして来ようとしない兵士達を睨みながら、ヤヨイさんの話に耳を傾ける。

 青の柱が消え、現場に急行する途中でドラゴン騎士団と出会ったらしい。元々配達でルークを贔屓にしていたという隊長と話が付いているとか。事情を説明し、さらにルークはダメ押しでハロルド崩壊について、「勇者は水浴びに来ているドラゴン騎士団の団員達を巻き込む可能性も分かった上で実行に移そうとしてたと思う」なんて告げた、と。

 何も間違ってないけど、私なら咄嗟にそこまで言及できるか、自信がない。やっぱり営業トークとか得意なのかな。

 管理塔の兵士達は何もできないのに、騎士団は遊んでばかりだと馬鹿にしたりで、二つの組織の仲は元々かなり悪かったらしい。私はヤヨイさんの語る騎士団側の主張を全面的に信じた。だって、あの隊長っぽいやつ、吠えてばっかで何もしてこないし。彼女の話の通りなら、兵士は国内をパトロールしてるドラゴン騎士団が来るまで時間稼ぎをしようとしているのだろう。情けない人達だ。


「ファイズ!」


 私は呪文を唱えて、魔導師が床に置いた本を燃やした。本の中には魔力の増幅装置のような役割を果たすものがあるから。要するに、私は兵士よりも魔導師を警戒していた。自分で何もしようとしないヤツらなんかより、敵の素性も分からないのに頑張って戦おうとした彼らの方がずっと強い。


「なっ……! 先手を打って来るとは、本当に痛い目を見たいようだな!」

「あなた方に見せられるの?」

「コケにしやがって!」


 兵士達が剣を抜いた瞬間、誰かの短い悲鳴が響いた。カエルが潰れたような声に反応して隊長から視線を外す。すると、彼のすぐ近くに居た兵士が、腕を押さえてうずくまっていた。そこには小手と鎧の隙間を狙って、ボウガンの矢が刺さっていた。

 痛みに悶える隊員以外はゆっくりと振り返る。そこにはドラシーにまたがる、びっくりするくらい冷たい目をしたルークがいた。もったいつけるように矢を装着して嘲笑している。


「これくらいの距離からだったらよりどりみどり。入れ食い状態だね。鎧と小手の間よりも、兜の目元の方が隙間大きいしね」


 そんなところをボウガンで打たれたらどうなるのか、想像できない人はいないだろう。さっきまでの虚勢が嘘のように、兵士達の間に動揺が広まっている。そして誰かが「騎士団はまだか」と漏らした。


「あぁ。スティングさん達? 来るかなぁ。ま、じゃあ来るまでずっと待ってたら?」


 スティングというのはおそらくドラゴン騎士団長の名前だろう。知り合いであることを察したのか、それともここに来る前にやられてしまったと解釈したのか、隊長は声を震わせて再び虚勢を張り続けた。嘘をつくなとか、お前如き俺一人でもやれるとか色々言ってるけど、あそこまでいくと滑稽を通り越して哀れになってくる。

 ピカピカの剣と鎧、そしてあつらえたばかりのようなマント。それが何を意味するのか、彼は分からないのだろうか。


「ランちゃん、お待たせ」

「レイさん!」


 久々に聞く声に、私は振り返った。


「なんか知らない味方っぽい人が増えてるけど、どうしたらいい? この子達も連れてく?」

「私達は仕事が残っている。なに、この場から離脱することはルークがいればそう難しくはない。ではな。武運を祈る」


 私はヤヨイさんの言葉に頷いた。彼女はそれを見届けると、乗って来たドラゴンの元へと歩いて行く。マイカちゃんが小さい声で「ルリによろしく」と茶化すように言うと、ちょっと転びそうになっていた。

 兵士達はルークの方を見ているので、こちらにはずっと背を向けている。つくづく危機感の無い人達だと思う。その気になればこっちにだっていくらでも攻撃手段はあるというのに。


 みんなが静かに転送陣へと移動する。ルークを見ると、視線が合った。まともな挨拶はできなかったけど、これで十分だ。

 少しだけ微笑むと、ルークはまた表情を戻して、兵士達の足元に弓を放った。ひるんだ隙に、今度はドラゴンに乗ったヤヨイさんが、彼らの頭上を掠めるように背後から飛んで行く。ドラシーは高く吠えると、その後を追うように付いていった。


 あっという間に戦線離脱した二人を見送ると同時に、私は転送陣に飛び乗った。レイさんが呪文を口にすると、巨大転送陣……ではなくて、よく分からない小屋の中にワープした。

 ここ、どこかな……。


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