忍び寄る悪魔・ドボル
第122話
街の入口に辿り着くと、門番達が守りを固めているところだった。いつもの和やかな雰囲気はなりをひそめ、随分と物々しい空気だ。ドボルがどんな姿のモンスターなのかは分からないが、ヤバそうというのは見る前に察した。
少し寄って見ると、そのモンスターの姿が見えてきた。危ないから下がっていろとでも言われると思ったけど、みんな私達にそんな声を掛ける余裕も無いようだ。
「もっと凶暴そうな見た目だと思ったけど……」
「凶暴というよりも、不気味ね……」
視線の先には、大きくてまん丸い体をした異形が居た。恐らくはあれがドボルだろう。ずんぐりむっくりな容姿にも関わらず全く可愛いとは思えないのは、奴の体が真っ黒で、至るところにぎょろぎょろした眼球が付いているからだろう。しかも、この世の者とは思えないような奇声を上げている。
直感した、あれはモンスターではなく、魔族の類いだと。
おそらくは下手な攻撃を加えて刺激しない方がいい相手だ。この街の人はドボルという敵をよく知っているらしい。無闇に手を出そうとしない様子からも、それは窺えた。横一列に入口を固める兵士達は、長い槍で牽制するのみだ。
ドボルは巨大な身体をゆらゆらと揺らして、たまに「ゲヒヒ!」という耳につく笑い声や「キェェェェ!」という金切り声をあげている。容姿も相俟って、対峙しているだけなのに鳥肌が立つ。
このままでいても事態は好転しない。この街の人はどうするつもりなんだろう、そう考えていると、横の方から声が聞こえた。あっちは、昨日私とマイカちゃんがお邪魔した休憩所がある方だ。
「オオノさん!」
「オオノさんお願いします!」
オオノは前線の兵士達の後ろで立ち止まると、ぶつぶつと声を発した。おそらくは魔法の詠唱だろう。手を前にかざして辛そうな顔をしている。魔力の消費が激しいんだとすぐに分かった。
だけど、あの場に魔法を扱える人間はオオノしかいないらしい。みんながドボルとオオノとを交互に見て、彼はその期待に応えようとしているのが分かった。
「バクジン! ソーカン!!」
聞いたことの無い呪文だ。だけど、相当な量の魔力を練って唱えられたであろう魔法の威力は絶大だった。ドボルと呼ばれている魔物の奇声が一層強まる。耳障りな、嫌な声だ。
「ラン、行かないの?」
「状況が分からない。下手に加勢して足を引っ張りたくないし」
「じゃあなんでわざわざ来たのよ」
「大したことのないモンスターなら街の人があんなに逃げたりしないでしょ。あれは多分、まともじゃない」
「……そうね、見た目もキモいし」
ドボルは両脚をその場に縫い付けられているかのように、上半身だけでぐねぐねと暴れた。大きく踏み込もうとしない門番達の攻撃は、手で払い退けられてしまう。たまに槍がドボルを捉えるが、致命傷ではないらしい。ほっとくと結構かかりそうだ。
ただ、彼らの立ち回りから”直接触れると良くないことが起こりそう”、というのはなんとなく分かった。
「早くしろ! これ以上は保たない!」
「お、おい!! あれ……!!」
門番が指す方を見ると……なんと、ドボルがもう一匹いた。一匹でこれほどの騒ぎになってるっていうのに、このタイミングでまさかの二匹目。
あの魔族の何がいけないのかは分からないけど、おそらくは人命に関わるような何かがあるのだろう。
「いつの間に……!」
「も、もうダメだ! すまん!」
一人が逃げ出すと、それに続いて数名が街の中へと走って行った。私はぶつかりそうになったのを避けて、情けないその後ろ姿を一瞥した。死にたくないのは分かるけどね。
ずっと見ていたおかげで、どうすればいいのかは分かった。マイカちゃんには付いて来ないようにと言いつけて、私は逃げた兵士と入れ替わりになるように戦いの前線へと駈けた。
「ラン!」
「大丈夫だから!」
振り返ってそれだけ述べると、私は炎の刃を抜いた。そして、コースを見極めながら、心の中で双剣に宿った女神に話し掛ける。魔法の為に何かを念じているように見えるかもしれないけど、私が彼女に伝えたいのは魔法の為の祈りなんかじゃなくて、ちょっとしたお願い事だ。
——イフリーさん。久々だね。これ、伸ばしてくれない? できるだけ長く
——はいはい
そうして得物を突き出すと、タイミングよく刀身が伸びる。激しい炎に覆われた槍のようなそれは、昼間にも関わらず、少しだけ周囲を明るくした。
一瞬で先端が見えなくなるほど伸び、魔法で捕縛されていたドボルの他、後から存在が確認されたドボルもまとめて貫いた。
更にトドメを刺したいと念じてみると、貫いた箇所からドボルの体が燃えていく。そして、彼らは奇声を発しながら消えていった。
構えていた剣を抜いて鞘に戻すと、私は槍を構えたまま呆けていたマトと、魔力消費でその場にへたり込むオオノに近寄って声をかけた。
「あの、昨日のこと、謝りにきたんだけど。後の方がいいよね……?」
「お前〜……他に言うことがあるだろ〜……?」
気の抜けたマトの声が響くと、周りにいた誰かが吹き出した。
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