第46話


 私が構えたのを確認したマイカちゃんは、激しい槍の五月雨のような攻撃を躱す。そうして少し助走を付けてまた間合いを詰めるかと思ったら、詰めるどこかスライディングしてオキドキの股の間を抜け、見事に後ろに回り込んだ。

 私とクロちゃんは思わず声をあげる。背後を取られると面倒なことになると、彼は元より自覚していたのかもしれない。初めて見せる焦りを感じさせるような動作に、私達は手応えを感じていた。私とクロちゃんは何もしてないんだけど。戦ってるの全部マイカちゃんなんだけど。


「今だ! イーラ!」


 私は手中の輪の中にオキドキを収めると呪文を唱えた!

 彼の上半身を炎が包んですぐに鏡面の甲冑にそれは吸収されてしまう。私の呪文だけでは目くらましにすらならないかもしれない。だけど、それでいい。

 マイカちゃんが床を滑る低い姿勢でいたのは一瞬だった。炎が消える頃には身体を半回転させて上体を起こし、オキドキが振り返った時には拳を振り上げていた。


「はあぁぁぁぁ!!」


 その時、魔法を吸収した鎧から炎を吐き出そうとオレンジ色に光った。事前に打ち合わせなんてしなかったけど、戦闘センス抜群のマイカちゃんはやってくれるって、信じてる。私を信じてずっと待っていてくれたマイカちゃんのことを、私も信じてる。


「精霊石の力を使って!」


 マイカちゃんの右手に炎が宿った。真っ白な部屋を赤く染め上げて、それを全力で突き出す! 鎧と鎧から射出される炎とを同時に撃ち抜くと、魔力の衝突で爆炎が上がる。


「くっ……!」

「ラン、まさかこの為に魔法を……?」

「一か八かだったけどね。魔法がぶつかると暴走するって、練習してた公園で知ったから試してみたんだよ」


 爆風を手でガードしながら、クロちゃんと私は対峙していた二人を見守る。煙が晴れると、そこには左胸を熱で溶かされ風穴を開けられたオキドキと、拳を突き出したままの格好でいるマイカちゃんが居た。


「……本当にお前の言った通りになるとはな」

「え?」

「言っただろ。私は悠久の時を過ごせないだ、ろう、と……」


 オキドキは崩れ落ちる。がしゃんと音を立て、槍からも手を離して。彼はもう動けないようだ。私とマイカちゃんは目を合わせて静かに笑った。


 そうして部屋の真ん中に魔法陣が現れる。黒の塔で見たのと酷似している。私達がそこに集合して見下ろしていると、彼は言った。私を壊せ、と。


「どうして?」

「私は時間が経つと再生する。その時は、またお前達と戦う。それが私の使命だ」

「魔法陣は現れてくれたし。私達にはもうオキドキと戦う理由はないよ」

「しかし、私を壊さないと」

「っていうかさ、壊すって言い方。やめてよ。それじゃオキドキが物みたいじゃん」


 解せない。彼はきっとそう思っただろう。だけど、これは私のこだわりだ、この旅で無駄な殺生をするつもりはないんだ。


「オキドキには人格があるんだから。鎧だから物だろって、そういう考え方は、私はちょっと乱暴で嫌だ」


 私が魔法陣の中に立つと、クロちゃんとマイカちゃんもそれに続いた。動けずにこちらを見つめる彼は今、何を考えているのだろうか。


「今のこの世界にはあの剣は必要ないってだけだからさ。もし、本当にその力が必要になることがあったら。必要としてここを訪れる人いたら。そのときはオキドキが道しるべになってあげてよ。だから、私はオキドキを殺したりしない」

「……私がやろっか?」

「マイカちゃんちょっと黙ってて」


 私はマイカちゃんに制止をかけると、目を瞑って光の女神に心の中で語り掛けた。この塔を司っている女神の名前はミラ。この街のパンフレットに書いてあったから多分間違いない。

 ねぇ、ミラ。私達は、この馬鹿げた戦いを止めに来たの。どうか応えて欲しい。

 そうして念じていると、耳の奥でキィィンという音が響いて、それからすぐに声がした。柔らかくて優しげな声。光の女神に相応しい声だと思った。


 ——聞こえています。ラン。そして、話はディアボロゥから聞いています。ミストとフレイがなんと言うか、私には分かりませんが。私個人はあなた方の行動を支持しています。

 ——え、そうなんですか? じゃあオキドキ達を止めてくれても良かったんじゃ……。

 ——彼らに勝てないようでは、彼らを打ち負かした勇者達に敵うはずがありませんからね。

 ——なるほど……。

 ——私としては勝って欲しいと思ってましたよ。本当に、助かりました。

 ——え? それってどういう意味ですか?

 ——見ていただければ分かるでしょう。今、あなた方を導きます。


 そうして私達は淡い光に包まれて、次の瞬間には別の部屋に居た。巫女がいる部屋だ。そう直感して辺りを見渡すと、白髪の女性がぶつぶつと何かを呟きながら、がりがりと何かで壁を削っていた。

 場所が場所なら確実に不審者だ。というかここが隔絶された空間だからこそ人目に付かずに済んでいると言えるだろう。あの人はここに放置しておいた方がいい気がする。


「ラン、あれ……」

「いや、分かるけど……」

「下手なモンスターより怖い……」


 怯える二人の背中をさすっていると、女が振り返った。白い短髪に、真っ赤な鋭い眼光。白いローブを身に纏った女性は振り返って私達を見ると、ニィと口元だけで笑った。


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