第233話
カイルは、いや、勇者御一行は、とんでもない過ちを犯した。それは旅の途中の人々の助けを呼ぶ声を無視し続けたことだ。今の化け物にジェイやエビルKの力が加わっていれば、きっと私達に勝ち目は無かった。
結局、こいつは関係の無い弱者を無視したせいで、こうして私達に考える時間を与えてしまっているんだ。奴のこの落ち度を利用しない手はない。
「知った風な口を利くな!」
カイルの声が明らかにさっきと違う。底から響くような、獣が唸るような雑音が混じっている。あの化け物と同化しようとしているのかもしれない。心配にはなったけど、私だって彼よりもこの街の人と仲間が大切だから、次に来るであろう攻撃に備えた。戦争ってこうして起こるのかもしれないなんて、ちょっと思った。
「そんな力があるなら、それを自分の国で振るいなよ!」
「力で支配された国に、希望があるか!」
化け物は腕を大きく横に振る。私は精霊の力を借りて高く跳んで避けたけど、攻撃は二段構えだった。腕が通り過ぎたかと思うと、長い尻尾がこちらに迫っていた。
着地と同時に剣でそれを受け止める。そのまま斬れないかとも思ったけど、直前の体勢が悪く、どうにも勢いがない。剣が折れないだけマシだった。私は攻撃を防いだまま、ざりざりと広場のレンガの上を滑る。段差に躓きそうになったけど、転んだら致命的な隙を作ることになるから細心の注意を払った。
「あっ」
結果、私は足の側面に段差を受けて転んだ。まぁ、気を付けたからといって、絶対になんとかできるわけじゃないからね……仕方ないね……。
できる限り衝撃を逃がしつつ転がると、それまで私がいた場所の地面が、化け物の攻撃によってごっそりと抉れる。あの爪に捕まったら一発でアウトだ。冷や汗が頬を伝う。
街はどれだけ壊れても構わない。この戦いが始まってから何度も思い出した伝言をまた反芻する。それでは私は、自分が生まれ育ってきた街を無闇に壊すことなんてしたくなかった。でも、やっぱり……。
——いいの?
——……よくないけど、いい
——まぁやってやろうぜ。ランがそう言うなら
なんとも歯切れの悪い私の声を聞き届けてくれたのは、土と風の女神だった。
暴風が吹き荒れ、力を使った私自身がまともに目を開けていられない。風に混ざっているのは人の顔くらいある岩石だ。大量の石つぶては、その全てが化け物へと向かい、その体を削った。鎧のように纏っているあらゆる生物の体のパーツが、少しずつ潰れていく。黄、赤、紫、色んな色の血がしぶきとなって地面を汚している。
「ウボアアァあああああああ!!」
化け物は奇声を上げ、そして青白い火炎を吐いた。
あいつ……火吹くんだ……私は街のことを気遣って炎系の力は避けたのに……。
口から太い火炎放射のような火柱を出しながら、化け物は狂ったように顔を振った。完全に無差別の攻撃だ。私はもちろん、少し離れたところにいるクロちゃんやマイカちゃん達にも当たっていない。
クロちゃんがみんなを守るようにバリアを張ってくれているから仲間は無事だろうけど、このままじゃ街が危ない。化け物の炎は建物のあらゆる場所に火を点けていく。
壊れても仕方ないと割り切ってはいたけど、限度がある。こいつの凶行をすぐに止めなきゃ。私が動き出す前に、頭の上に大きな影が現れた。
「へっ……!?」
「クー!?」
マイカちゃんの声に見上げてみると、そこにはクーが居た。口から炎を吐き、青白いそれとぶつけている。そのおかげで被害は思ったより広がっていないようだ。
クーの体長は、間違いなくこれまでで一番大きい。体が大きすぎて降り立てないでいるくらいだ。クーにとっては、初めて来る場所だろうに。ここを壊さないようにしてくれていることが嬉しかった。
……ん? クー? ……いや、よく考えれば、クロちゃんが一人であの滝から脱出できるワケないんだし……アレ?
私が頭に疑問符を浮かべていると、闇の底から響くような声が冷たく響いた。中にいるカイルの声とは似ても似つかない声だ。化け物が人間のフリをして言葉を喋っているような違和感がまとわりつく、とにかく不気味な声だった。
「火を噴くしか脳のない下等生物め」
化け物はクーを見てそう呟くと、ぐっと脚に力を込めて跳んだ。はるか高く。あんな跳躍力があるだなんて……。
滞空中、突然懐に入り込まれたクーは反応しきれずにいた。化け物はあっという間にクーの腕の中に飛び込み、胸を蹴ったんだ。あのバカみたいな力を持つ脚で。
「グオォォォォ!!」
クーは火を吹いたまま、顔を空に向けた。炎で少し景色が赤くなる。
「あんた! 絶対ブッ殺してやるから!!」
マイカちゃんが吠える。私は剣を強く握りしめた。
化け物は下に建物があることなんて毛ほども気にせず、民家に着地する。屋根から穴が開いて、家が崩れていく。クーは、自分が着地すると危険だと判断したのか、翼を大きくはばたいて、ギリギリのところで空に留まった。
きっと、クーは気付いていたのだろう。街外れにはたくさんの避難した人々がいることに。
すぐに加勢しないと。化け物に向かって走り出すと、見向きもしなかった細い路地から声を掛けられた。
「ランちゃん、ちょっと」
「レ……!」
レイさんだ。いきなり声をかけられたことは意外だったけど、クロちゃんとクーがここにいるなら、彼女があの場所を脱出していないワケがない。再会を喜ぶ暇も無く、彼女は人差し指を口元に当てた。
「しー! 今、みんなクーに注目してるじゃん? クーが頑張ってくれてるの、そういう作戦。これ、受け取って。早く」
なんて無茶な作戦を立てたんだとか、色々言いたいことはあった。だけど、その全部が吹っ飛んだ。何故なら、レイさんが差し出しているのは、封印してきたばっかりの双剣だったから。私は事情が飲み込めないまま、それを受け取った。
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