エピローグ

大事な人と大事な話

第246話

 マイカちゃんが私の姿になって真っ先にしたことが、空間をズラす作業だったことを心から感謝する。カイル達との戦いの後片付けをしていると、頻繁にそんなことを考えることになった。

 死闘から数日、私達は街の復興作業を進めていた。全民家が崩壊することが街の崩壊だとするなら、全体の損傷は半分にも満たないだろう。だけど、ヴォルフの火球が降った家や、誰かが攻撃を受けて吹っ飛ばされた家なんかは重点的にダメージを負っていた。中には全壊してしまっている家もある。

 好きにやれって言ってくれたし、その言葉に甘えて、何かあったとしてもしょうがないと割り切るような戦い方をさせてもらったけど、誰かの家が壊れていて、そのほとんどが知人の家だったりするとやっぱり心が痛む。


 私は細かい瓦礫の撤去作業を手伝っていた。大きな物は他の人が担当してくれていた。私だって魔法を使えば多少は手伝えるかもしれないけど、細かいものを片付ける作業の方がずっと多い。だから私は、壊してしまったものと向き合いながら、できるだけ自力で作業を続けた。

 今しているのは、木片や黒こげになった何かを台車に載せて運ぶ作業。ここは、おそらく火球が降ったんだと思う。爪先に何か当たるのを感じて屈んでみると、それは写真立てだった。

 この人を知っている。私が小さい頃に亡くなったけど、見かけると一緒に遊んでくれたおじさん。彼の家族が死後も飾っていたのだろう。私達の戦いは、そんな誰かの故人を思う気持ちの一部も焼き払ってしまった。写真立てを持ったまま俯いていると、背後から声を掛けられた。


「ランちゃん!」

「あ、おばさん」

「……気にしなくていいんだよ。あの人だって、私達が助かったことを喜んでくれてるはず」

「……はい、そうですよね……」

「気にすんなっつってんでしょうが!」

「いたー!!」


 恰幅のいいおばさんにゲンコツをされて、私はたまらず頭を押さえた。まぁ、マイカちゃんのそれよりは大分マシだけど。というかマイカちゃんの全力ゲンコツはまだ食らったことがないな。もしかしたらこれから、そんな機会もあるかもしれない。だって、ずっと一緒にいるって、約束したんだから。でもそれ食らったら、そこで人生終了しそうだな。


「その瓦礫持ってったら、もう戻って来なくて大丈夫。手伝ってくれてありがとうね」

「え、でも」

「大丈夫。その時はあの、ニールっていう子に手伝ってもらうよ」

「あ、あぁ……ははは……」


 今日、レイさんは別の地区でもっと大規模な工事を手伝っている。あの光の手はかなり重宝しているらしい。クロちゃんとフオちゃんは、クーに乗って双剣を戻しに行っている。滝を通れるのか聞かなかったけど、きっとどうにかするつもりだろう。ゴーレムも出せるようになったらしいしね。

 というわけで、この辺をふらふらしてるのはニールだけだ。マイカちゃんは実家の補修を手伝っているし。私も手伝うと言ったんだけど、マチスさんが簡単な大工仕事はできてしまうらしく、他を手伝ってくれと言われてしまった。


「それじゃ、失礼します」

「うん、またね。今日はありがとうね」


 私はガラガラと台車を押して、色んな音が飛び交う街を歩いた。トンカチで釘を打つ音、おーいそっち持ってくれ、なんて言うおじさんの声。楽しそうに道を走る子供達、危ないからあっちで遊んでいなさいと注意するおばさん。

 台車の取っ手をぎゅっと握って深呼吸した。これらを守れたんだなって、急に実感が湧いて涙が出そうになった。壊してしまったものも多いけど、守れたもののことを考えると、私は私を許してあげられそうだ。


 そして、一時的な集積所に到着すると瓦礫を下ろす。かなり山になっている。これらはあとで燃やしてしまう予定だ。火事が心配だけど、周りを氷で囲んでしまえばどうにかなるだろう。その辺はレイさんやヴォルフと打ち合わせて上手くやろうと思う。

 腕で額の汗を拭うと、時計台の鐘が鳴った。音は二回。大変、遅刻だ。台車を適当な場所に立てかけて、私は走った。向かう先は街外れにある墓地だ。


 ずっと来ていなかったけど、ここは無事だったらしい。昔見た景色と、何も変わらない。現地に着くと、既にマイカちゃんが腕を組んで待ってくれていた。待ち合わせ時間に出発したなんて知れたら怒られそうだ、なんて考えながら彼女の前に姿を現す。

 マイカちゃんは私が遅れたことなんて微塵も気にしていなかった。というより、多分どうでもよかったんだと思う。二人きりでこうして会うのは久々だった。ここ数日はお互いずっとバタバタしてたから。


「お疲れ様。ラン」

「マイカちゃんも。お家はどう?」

「私の家の片付けなんてすぐ終わったわよ。道具が要るだろうって、パパは午後から撤去作業に使いそうな工具を作るって張り切ってたわ」


 さすがはマチスさんだ。無愛想だけど、いつも私達のことや街のことを気にかけてくれている。そっか、とだけ返事をして、私達は墓地の奥を見つめた。

 今日は、お父さんに話さなきゃいけないことがあるから。さすがのマイカちゃんも少し緊張しているらしい。私は彼女の手を握って歩き出した。

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