第76話

 私達は言いつけ通り、事務所で待機していた。椅子に腰掛けて雑談をしたりして適当に過ごす。しばらくすると、紙袋を抱えたドロシーさんがやってきた。美味しそうな匂いがする、あれには何やら食べ物が入っているようだ。

 彼は容器を袋から取り出すと蓋を開ける。中には小さく切ったパンと肉が入っていた。他にも色々買って来たようで、野菜だったり果物だったり、容器によって様々なものが詰め込まれていた。デスクにそれらを広げてみると、ちょっとしたパーティーみたいに見える。


「今晩はこれを食べて体力付けておいてくれ! で、出発は日付が変わった頃だ。たくさん食べて、できそうなら仮眠を取ってくれな」

「あの、さっきの人は?」

「あれは依頼人の使者だ。今日は特に唐突だったけど、あいつも上の命令で動いてるだけだからな。板挟みに見えて同情しちまったよ」


 彼は私の質問に答えながら、よりにもよって果物をつまんで口に放り込んだ。こんなムキムキで厳ついのに……色々料理が並んでる中で真っ先に果物食べるくらい好きなんだ……。ドロシーさんって意外性の塊だよな、なんて考えていると、今度はルークが言った。


「準備できたって?」

「あぁ。全く、何を運ばせられるんだか。前にも伝えたと思うが、俺達は馬車でそいつをマガン渓谷の奥、リンキー山の頂上に運ぶことになっている」

「水と食料を、山賊だらけの場所に……ホントに、意味分かんないなぁ」


 私はそのあと、もぐもぐと肉やパンを口に運びながら彼の説明を聞いた。馬車は門の外に停めておくよう打ち合わせしてるから、そこまではドラシーで運んでもらって一人ずつ移動するらしい。さすが、秘密裏に運ぶと言っていただけに徹底している。

 私達が門を通らないのは、門番に顔を見られないようにする為だろう。ここまでして内密に運びたいものってなんなんだろうね。私はマイカちゃんと目を合わせて肩を竦めた。


「……ラン」

「何ですか?」

「その、マイカはいつもこんなに……?」

「あ、あぁ。すみません、今で大体腹五分目くらいだと思うので」

「五……!? それじゃ足りないじゃねぇか……!」

「大丈夫よ、私は八分目くらいでもそこそこ動けるわ」


 多分ドロシーさんが心配してるのはそこじゃないと思うんだけど。マイカちゃんは得意げに胸を張りながらも、パンを口にパクパクと運んでいる。こうなることが目に見えていたので、私は既に結構お腹いっぱいだ。こんな感じで「好きにつまめ」とばかりに食べ物が置かれていた場合、もたもたしてるとマイカちゃんに食べ尽くされてしまうのは目に見えていたので、急いで食べた。

 立ち上がって部屋の隅に置かれている寝袋を一つ広げる。小さいのはルークとマイカちゃんに使ってもらうとして、私は中くらいのを手に取った。


「じゃあ私は先に寝てるから。マイカちゃんも早めに寝ようね」

「まだ食べ終わってないわよ」

「ちゃんとドロシーさんとルークの分も残しておくんだよ」

「分かってるわよ。これがルークで、これがドロシーさんの分」

「一口じゃん! ラン! ちょっとこっち来てよ! 見てこの取り分!」


 ルークに呼ばれた私は寝支度を整えるとデスクの方へと顔を覗かせる。ルークとドロシーさんの前には紙皿が置かれていて、その上にはパンが一切れずつ乗っていた。なんでこんな「極貧生活!」って感じの食事を強要されているんだ、この二人は。

 私はマイカちゃんを諌めながら、逆に紙皿にマイカちゃんの分の食事を取り分けて渡した。


「マイカちゃんの分はこれでおしまい!」

「何よ! いじわるじゃない!」

「パンも肉も果物もあるじゃん!? っていうかそれがいじわるならさっきのは最早虐待じゃない!?」


 私達が言い合ってる間、ドロシーさんはホッとした様子でお肉に手を伸ばしている。うん、体格からいって一番食べないといけないのはドロシーさんだからね。たくさん食べてください、本当に。


 マイカちゃんはむすっとしながらお皿の上のものをぺろっと平らげると、寝袋の方へと移動した。これで一番大きい寝袋を手に取ったら即座に止めるつもりだったんだけど、食以外で彼女が欲張ることはあまりない。無事に小さいのを広げ始めたのを見て、私は少しホッとした。


「私の隣空いてるからそこに敷きなよ」

「言われなくてもそうするつもりだったし」

「そう? ドロシーさん、どれくらいで起きればいいでしょう。二時間くらい?」

「あぁそうだな。大体それくらいになるだろう。まぁ心置きなく寝てくれ! 俺は準備をして、終わったらお前達を起こすからな!」


 彼は夜勤明けで、あの使いの人が来るまで仮眠を取っていたらしい。起こしてもらえるのは有り難いので、私はお言葉に甘えることにした。横を見ると、マイカちゃんもホッとした様子だ。仕事に行き詰まって仮眠を取ることもあった私と違って、マイカちゃんはそういう生活スタイルにあんまり慣れてない。多分、寝過ごすのを一番心配していたのは彼女だ。

 寝てるからと言って置いてったりしないんだけどね。私は寝袋に中に潜ると目を瞑って、マイカちゃんにおやすみと言った。


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