第159話

 私は丸い転送陣の上、複雑な表情で女神に呼び掛けていた。ここの女神の名前は覚えている。フレイだ。前にジーニアの図書館でも見たし、白の柱の女神、ミラさんも名前を出していたからきっと間違いない。


 ——フレイ、聞こえる?

 ——よう、ヘタレ卑怯女

 ——……それは否定しないし、ちゃんとやり直したんだから扉開けてよ

 ——んぁー? どーしよっかなーズルしたしなー……ん? ……お前

 ——え、何?

 ——マジかよ。っはぁー……送らない訳にいけなくなったな

 ——え? 何なに?

 ——……お前の双剣に力を宿した女神、あたしの妹だわ


「え!?」


 私の声に驚くクーとマイカちゃん。びくっとなりながら三人でフレイに転送されることになってしまった。


 送られた個室は見慣れた広さの空間だった。いつも通りベッドばっかりが強調されてる、空っぽな部屋。まぁこれから本当に空っぽになるんだけど。私はベッドに座っている赤い髪の女の子を見る。


「ちょっとラン! 今の何!? なんで”え”って言ったの!?」

「それはあとで説明するよ。あ、はじめまして、私はランって言ってこっちは」

「私はマイカよ! ランはそうやってちょっと自分の世界に耽る癖があるわよね!」

「違うって! 今のは女神のフレイさんが!」

「なんかいきなりやってきた女二人が痴話喧嘩しはじめたんだけど……」


 私はマイカちゃんにポカポカ叩かれながらもフオちゃんを見た。第一印象最悪だよ、これ。

 今更巫女という存在に幻想を抱いたりはしていない。元々しきたりとして受け継いでいるだけで、本当に命を捧げることになるなんて思わず、普通に自分の人生を歩んでいた人達なんだから。だけど、それにしても、彼女は巫女という言葉のイメージから掛け離れていた。

 服装はこの地域特有の帯で締めるタイプのもので、他の人と大差ない。だけど、大きくはだけた胸元からは豊満な胸が覗いていた。ヤヨイさんのように包帯のようなもので胸を巻くか、もう少しきっちりと襟を重ねた方がいいと思うんだけど……私があんな格好したら、裏側から押さえる胸が足りなくて、いけないところがこんにちはする。絶対。

 紅の頭髪はこの塔の名を表すみたいだった。襟足は肩甲骨くらいまで伸ばされているけど、上の方は片側だけバッサリと切られている。長髪だったのに何か事情があって頭の右半分だけショートカットにしたような感じだ。

 眉の上下にはシルバーの小さなツノのような装飾品が付いていて、すぐ下にある鋭い眼光は私達を困惑した色で捉えていた。


「オイなんだよ! 誰だお前ら!」

「あー……思ったよりまともな子だ……」

「いや意味わかんねぇし!」


 マイカちゃんは物珍しそうにフオちゃんを見つめていた。ずんずんと近寄ると、腕を組んで更に顔を近付ける。


「あ、髪が長い方には眉の装飾品無いのね」

「質問に答えろって!」

「痛くないの? これ」

「だ か ら 質 問 に 答 え ろ」


 フオちゃんは苛立った様子でベッドから立ち上がると、「あと別に痛くねぇよ!」と律儀にもマイカちゃんの質問に答えた。あ、痛くないんだ、それ。

 私はまぁまぁと両手でフオちゃんを落ち着かせながら告げた。ここからフオちゃんを助ける為に来たんだ、と。

 しかし、当の本人は特に嬉しそうな様子も見せず、ただきょとんと私の顔を眺めている。


「助けるって……仕方ないだろ。剣の力が必要なんだから」

「そんなことないんだよ」


 どこから説明しようか。とりあえず私達がハロルドの出身だという事と、このままでは街が滅んでしまうということを告げてみる。それでもフオちゃんはまだ表情を変えない。ずっと、分かってるのか分かってないのかはっきりとしない表情を浮かべたままだ。


「……いや、わっかんないな。それが街の使命なら、仕方ないだろ」

「あのさ、本気で言ってる?」


 正直かなりムカッと来たけど、頑張って堪えた。だってこの子は、自分が死んでしまうことすら「仕方ない」で済ませようとした子なのだ。生まれながら背負っている宿命とやらに抗う意思が無い、いや、そもそもそういう発想が無い子なのだろう。

 だけど、フオちゃんの前で腕を組んだままのマイカちゃんは違った。アンタ、ブン殴られたいの? と言って険しい表情を見せると、拳を握って右足を引く。


「ちょ、ちょっと待ってよ、マイカちゃん」

「だってこいつ」

「人にはそれぞれ事情や考え方があるよ」

「そんなの百も承知よ。でも、アンタの命をアンタが粗末にしようと構わないけど、それとハロルドの住人を一緒にするのは違うでしょ」

「それは……」


 正直、私にはマイカちゃんの言うことも分かる。価値観が合わないとも思う。だけど、この集落で生きていく為には守らなきゃいけないがたくさんある事を考えると、誰もがオオノみたいな道を選べるとも思えない。

 したいことを我慢して、したくないことを繰り返して。嫌だったことだって、もう覚えていないかもしれない。そんな子に使命を放り出すことが幸せだなんて言ったところで伝わらないのは目に見えている。

 フオちゃんは私達のやりとりに、じっと耳を傾けているようだ。生贄になる運命を受け入れてる子なんて今まで居なかったから、どうしたらいいのか分からない。新しい封印にフオちゃんが必要になるのは確実だから、来てもらわないと困るんだけど……。


「はっきり訊くけど、アンタはここから出たいとは思わない、ということね」

「……悪い。ぶっちゃけ、考えたことなかった」


 フオちゃんは腰掛けていたベッドにそのまま寝転がると、深いため息をついた。彼女のそれが移ったらしく、私達も釣られるようにしてため息をついた。

 どうすんの、これ。


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