大仕事の前に
第74話
とりあえずクーを迎える準備が整ってほっとした。ゆるい表情で私達がドラシーを撫でていると、それを近くで見ていたルークは言った。
「で、どの品種にしたの?」
「エ……なんだっけ?」
「もうマイカちゃんったら……えーと……、エ、エ……なんとかドラゴンだよ」
「ランだって忘れたんじゃない!」
「もしかしてエルドラ!?」
目を輝かせて品種を問うルークは、まるでおもちゃを目の前にした少年のようだった。いや、エルドラじゃなかったと思うけど、でももしかしたら略してそう呼ぶのかも……?
「そう。それよ」
「そうだっけ?」
「そうよ。忘れたの? 全く……」
「一緒になって忘れてたマイカちゃんがどうして私を見て嘆息をもらすの?」
エルドラであることを肯定されたルークはニコニコしていた。私達のことを見る目があるとか、最高の買い物をしたんだねとか、色々と褒めちぎっている。
「いま大人気だもんね。新しく見つかった品種ってだけでテンション上がるけど、あのゴッツい顔はズルいよー。あっ! もちろん私はドラシー一筋だからね!」
ルークはむすっとした顔のドラシーのご機嫌を取ろうと、その周りをぴょんぴょん跳ね回っている。それにしても、新しく見つかった品種……?
私はマイカちゃんと顔を見合わせる。今の情報でエルドラじゃないことが確定したワケだけど、まだ名前思い出せてないしなぁ……。私はやんわりと話を切り上げて、ルークをマイティーミートに誘うことにした。これからクーがお世話になるんだから、今日くらい彼女にご馳走しようと思ったのだ。
そうしてやってきた中央区人気店。四人掛けのボックス席を三人で使ってるので、結構広々としている。
マイカちゃんの食いっぷりに引かないように、ルークにはあらかじめ「この子すごい食べるから」と伝えておいた。本人は「大げさね」なんて憤慨してたけど、何も知らずに目の当たりにしたら、ルークも開いた口が塞がらないと思うよ。
「エルドラじゃないのはがっかりだなぁ」
「ごめんって。多分違うってだけで。金色で小さいドラゴンだよ」
「金!? そりゃ珍しいね! いいなー、会うの楽しみだなー」
三人での食事は楽しいものだった。ルークがマイカちゃんに「え? まだ食べるの?」って四、五回尋ねてたけど、それも予想通りといえば予想通りだし。
「ルーク……!?」
へらへらと笑いながらビールのジョッキを傾けるルークに声を掛けた女性がいた。私とマイカちゃんが並んで、ルークが向かいに座っているので、私達からその姿は自然とは見えない。
ぐるりと首を回して振り返ってみると、そこにはなんとフィルさんが居た。
「びっくりしたー……今日は会社の人と飲みって言ってなかった?」
「だから会社の人と来てるんだけど。ルークこそ……え、あの、さっきのお客さん……?」
フィルさんは混乱しているようだ。大人数での飲み会なので、しばらく外しても問題ないとかなんとか。彼女はそう言ってルークの隣に腰を下ろした。
「……何してるの?」
「こないだ話したでしょ。腕利きを見つけたって。彼女達がそうだよ。あ、もしかして駐竜場って、フィルのお店に行ったの? この子達」
「そうよ。まさかそんな縁だったなんて……」
私達は唖然としていた。随分と仲が良さそうに話をしている。というか、あのフィルさんがタメ口で喋ってるギャップがなんかすごい。接客用の態度だったのは理解しているつもりだったんだけど。多分、彼女というキャラクターに敬語が合い過ぎているせいだと思う。
「あ、この子達の飛竜、うちの屋上使ってもらうことにしたから」
「そうなの?」
「あっ、えっと、ごめんなさい。ルークに聞いてみようって、後から思い付いたもので……」
私はすかさず謝る。フィルさんは物件を探しておくと言ってくれたのだから、勝手に別のところで決めてしまうなんて不義理に当たるだろうから。明日報告に行こうと思ってたんだけど、まさかこんな形で伝えることになるとは思ってなかった。
「いいのいいの。ルークは仕事と竜の世話だけは真面目にやるから、安心して任せてあげて」
「だけは、って。仕事と生き物の世話を真面目にできるなら、もう人として十分じゃない?」
「ま、そういうことにしておいてあげるわ」
フィルさんはそう言って自分の席へと戻っていった。あとでね、と言い残されたことが気がかりだったけど、頬杖をついてニヤニヤとフィルさんの後ろ姿を見送るルークが視界に入ると、そんな些細な引っかかりはどうでもよくなった。
「ルーク……その顔、すけべなオッサンみたいだからやめた方がいいよ」
「え? そんな顔してた?」
彼女はビールを飲み干して、すぐ近くの通路を歩いていた店員さんにおかわりを申し付ける。新しいビールが手元に届くのと同時に、話題をがらっと変えた。
「例の仕事の話なんだけど、少なくとも明後日くらいまでは動きがなさそうだよ」
「そうなんだ? まぁいいけど。それまでにクーを引き取って」
「ちょい待ち。クーって、まさか二人の飛竜の名前?」
「そうだけど。何?」
「環境の変化に弱い子もいるから、仕事が終わってからの方がいいと思うよ。引き取ってすぐは、できる限り一緒にいた方がいいと思うし」
「あぁ……」
早く迎え入れることばかり考えていたけど、ルークの言う通りな気がする。
私はそれからも、先輩としてルークに飛竜の話を聞き続けた。雑談と講義の間の子みたいな話は楽しいながらもすごくためになった。
「……マイカ、ホントにすごかったね」
「でしょ。近い将来、小手に腕が入らなくなったとか言い出すんじゃないかって思ってる」
「聞こえてるわよ! 大体、悪いのは私じゃなくてラン達でしょ!」
お店を出たところで、マイカちゃんは立ち止まってこちらを指す。まさに晴天の霹靂だったルークと私は、取り繕うこともできずに大げさに声を上げることしかできなかった。
「え!?」
「なんで!?」
「二人が全然食べないからその分も食べてあげてるんじゃない! 当たり前でしょ!」
「制限時間過ぎてから追加注文した人が言っていい台詞じゃなくない!?」
「あれは別腹でしょうが!」
「この後に及んでまだ別に腹を用意してるってヤバいよ!?」
「うっさいわね!」
「あぶな!」
マイカちゃんの回し蹴りが炸裂し、私の華麗なギリギリの回避が決まる。回避はいちかばちかっていうかまぐれだから大体失敗するんだけど、今は躱せて良かった。
私が九死に一生を得ている間に、ルークは少し離れたところで腕を組んで笑っていた。隣にはフィルさんもいる。
「別で帰るつもりだったんだけど、二人のやりとり見てたら合流できちゃったよ」
「まさか入口に居るとは思わなかったわ。じゃ、帰りましょうか」
「え、ちょっと待って。二人って……?」
ルークが困ったような顔で笑う。「とりあえず、またね」と言って二人が私達に背を向けて少し歩くと、フィルさんがルークの腕を抱いてくっついた。なんていうか、うん。全部察した。
「……あの二人って」
「まぁ、多分一緒に住んでるんだろうね」
「そうね。あんまり驚かなくなってきた自分がいて、そのことに一番驚いてるわ」
とりあえず、帰ろっか。私はそう言って宿屋街の方へと足を動かした。大変な一日だったけど、ドラゴンに出会って、住む場所も見つけてあげられて、いいことづくめの一日だった。
今日をそう総括して、最後に目にした光景についてはスルーすることにした。
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