深層部 サカキファミリー

第149話


 長い廊下を抜けると、立派な食堂があった。私達をここまで連れてきた女性は、急いで食事の手配をするように大男に言いつけて走らせると、こちらを見て柔らかく微笑んだ。

 急いで作るって言っても限度があるでしょ、なんて思ってたけど、それから十分くらいで想像していたよりもずっと豪勢な食事が出てきた。ここまでされる理由が無い、私に改めてそう思わせるには十分な出来事だ。

 静かに顔を上げて女性を見つめると、やっぱり彼女はいなすみたいにして笑った。


「そんなに警戒なさらないで」

「でも……」

「もてなしたくもなりますわ。ここに来る人ってきっとお二人が思っているよりもずっと少ないんです。しかも私よりも若そうな女の子。もてなすというよりは、感覚的には甘やかしたくなると言う方が近いかもしれませんわね……嬉しくて、つい」

「……じゃあ名前くらい聞きなさいよ」


 マイカちゃんは女性をキッと睨みつけてそう言った。ただし、ナイフとフォークで料理を切り分けたあと滑らかに口に運ぶとする。警戒しながら食事はパクパク頂くって斬新だな……。っていうか、できればまだ食べないで欲しかったな……。

 女性はというと、きょとんとした顔をして、すぐに慌てて事情を話した。


「あぁごめんなさい。ここに来るまでに聞いたかもしれませんが、この土地の人間は原則的に名前を持ちません。癖のようなものですね。余所の方に対してご無礼でした、すみません……」


 申し訳なさそうな顔をして女はそう言って、すぐに続ける。


「……申し遅れました。私、オオノ・ルリと申します」


 唐突に名乗られた彼女の名前に目を見開いたのは私だけだ。マイカちゃんはピンとこなかったらしい。だけど、ルリって、オオノが言ってた名前じゃないか。ということは、この人がヤヨイさんの……。


「さきほど私に、サカキさんですか? とお尋ねになられましたよね。半分は正解で半分はハズレです。ここはサカキの家になりますが、ヤヨイ様と結婚した今は、厳密に言えば私はオオノファミリーの人間ですから」


 やっぱりそうだったんだ。まだ食事を始めていない私を見兼ねてか、ルリさんはもし警戒しているなら自分の食事と取り替えようかと提案してくれた。

 それに乗るのはとんでもなく失礼だけど、マイカちゃんは出された料理をぱくぱくと食べているし、なんならいつの間にかおかわりまでしちゃってるし、対策を取れるとしたら自分の体だけだろう。私は恐縮しながら交換してもらうと、やっとフォークを持った。


 できればもっと温かい内に食べたかった。そんなのんきな感想を抱きながら、携帯食料以外の久々に口にするまともな食事に感激する。ルーズランドには獣はあまりいないそうで、海で取ったという魚が主体の食事だ。濁ったスープはちょっと警戒したけど、これも美味しかった。

 あと少しで食べ終わる、という絶妙なタイミングで次の料理が出され、いつもの倍近く食べた気がする。いや、言い過ぎかも。


 デザートも終わりに近付いた頃、終始にこやかにしていたルリさんはおもむろに話を切り出した。


「係の者に確認させたのですけど、ランさん達はここに来るまでにぺという合言葉を使用されたとか」

「……そうですけど、それが何か?」

「その合言葉はオオノファミリーのものです」


 ルリさんは優しい表情で言ってるはずなのに。言葉遣いだって丁寧だった。だけど、その声を聞いたとき、何故か奈落に突き落とされるような錯覚に陥って、また息が出来なくなった。

 そこでやっと気付いた。私だけがこの人に会ってから、謎の威圧感を感じたり、それが急に消えたりした理由。多分……この土地の精霊が、ルリさんに怯えていたんだ。精霊達の無言の恐怖が、私にも伝染してる。そう考えると色々と辻褄が合った。


 あぁこの人本当にヤバい。

 思わず立ち上がったけど、そんな私を圧殺するように、ルリさんの声が大きな食堂に響いた。


「言え」


 え……こわ……急に命令口調になった……。

 見開かれた目と無表情な口元。綺麗な人だけど、こんな表情をされたら怖いとしか思えない。どこか虚ろで、それでいて胸に激情を秘めているような……。


「あ、れ……」


 あー……やっばい。意識が朦朧としてきた……。

 このタイミングでこれは本当の本当にヤバいでしょ……。


「バクジン……!」


 彼女はどこかで聞いたことのある呪文を唱えると、手に持っていた扇子でマイカちゃんを指した。私と同じように立ち上がってフラフラしていた彼女は、手を上げて防御の姿勢を取ったけど、狙われたのはマイカちゃんじゃない。


「クォー!?」

「クー……!」

「私、こう見えて女性には優しいの。私からは乱暴はしないから。いいえ、とりあえずはするつもりは無いから。目が覚めたら考えて行動するようにして」


 一刻も早くクーを助けなくちゃいけないのに。膝を付いて横を見ると、マイカちゃんは既に倒れていた。そうだよね……私の倍は食べてたもんね……っていうかマイカちゃんって睡眠薬とかめっちゃ効きそう……。

 あー、無理、眠い。寝たら絶対ヤバいって分かってるのに……。

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