第241話

 振った剣は、軽かった。


 軽いのに、対象物が何であろうと斬り捨てることができるという圧倒的な手応えがあった。化け物から繰り出される体のパーツは、圧力に負けるように弾けていく。中には、顔だけで人の背丈と同じくらいのモンスターもいたけど、紫色の体液をブチ撒けながら破裂した。振り注ぐ紫を回避する余裕なんてない私達は、甘んじてそれを全身に浴びた。


 ビリビリと手に伝わる感触が自分達の力によるものなのか、剣が何かに共鳴しているのか、それすらも分からない。

 いくら潰しても、化け物は使い捨てするように新たなパーツを飛ばしてくる。大きな牙や爪のある生き物はもちろん、草食獣まで。向こうも全力なんだろうけど、とりあえずと言わんばかりに呼び出された彼らを気の毒に思う。既に命を奪われた後なのに、安らかに眠ることも出来ないなんて。そんな憤りも何もかも、次の一撃に込めると決めた。

 大きく振った剣を脇に構え、全力で突き出す!


「やあああああああああ!!!」

「うおおぉぉ!!!」


 互いの咆哮と、ありったけの力をぶつけ合う。臆する暇なんて無かった。

 剣から放たれた力が一直線に化け物へと向かう。全ての属性が混ざり合った力は不思議な光をまとって敵を貫かんとする。

 緑や青、赤、黄色。びちゃびちゃとグロテスクな音を立てて色んな体液が降ってくるけど、構いやしない。


 押し返されそうになって、柄を持つ手に力を込める。その手に、マイカちゃんの手が重なった。


「とっとと決めなさいよ!」

「やろうとしてるよ!」

「気合が足りないのよ!」

「この期に及んで気合!?」


 私達はいつも以上の力を手にしながらもいつも通りだ。

 これが最後にならないことを祈り、もう残っていないと思っていた力を振り絞る。


「いっけぇぇぇえええ!!」


 マイカちゃんと一緒なら、どこにだって行ける。なんだってやれる。

 だけど、私達は生まれた故郷に戻り、平凡な日常を送ることを望んだ。


 何もかもを、嘘にしたくない。

 強く念じると、マイカちゃんの持つ古い伝説の剣が、私達が生まれるずっと前からこの街を見守ってきた剣が、分解するように光になった。それは吸い込まれるように私達の持つ剣へと向かい、一つになる。


「これなら……!」


 反動で千切れそうになる体に鞭打って、私は、いや、私達は一際重くなった剣を全力で突き出した!


「そん、な……!! くそぉぉぉおおおおおおお!!!!」


 化け物は、憎悪に満ちた咆哮を残して消えた。

 私達の放った力は雲の形を変えて、夕暮れの空へと吸い込まれていく。


 やった。

 ほんとうに、やったんだ。


 喜び合う力も残ってなくて、私達は視線を合わせることで互いを労った。

 だけど、まだ終わってない。このまま落ちたら、打ち所が悪ければ大怪我をする。周囲に民家の屋根が見えてきて、いよいよ地上だと覚悟する。

 普段なら精霊の力を使うところだけど、あいにくそんな力は残っていない。途切れそうになる意識の中で手立てを考えていると、背中が何か温かいもので包まれた。


「わっ……!?」

「これは……?」

「マイカ! ラン! 大丈夫か!?」

「無事じゃないと、許さない……!」


 空を見上げたまま、脱力する。駆け寄る仲間の声が近付いてくる。なんとか首を横に動かしてみると、その正体がやっと分かった。レイさんの魔法だ。なるほど、こんな使い方もできるんだ……。


「お二人とも、無事ですか? 無事じゃないと、私が脱ぐのを止める方がいなくなりますが」

「私達が死んでたとしても、それはいなくならないから安心しなさい」


 マイカちゃんが呆れた声でニールに応じる。起き上がれない私達の顔を、巫女のみんなが見下ろす。その頭で、影ができる。少し暗いな、と思っていると、急に視界が真っ暗になった。


「クォーーーー!!」

「クー……! ごめんね、心配かけたね」

「クーーー!」

「ちょっと、顔にくっつくのやめなさいよ」


 クーは肩に乗れるくらいのサイズになって、私達の顔の上を歩いて往復した。小さな両腕で頬をぎゅーとハグして、隣まで移動する。それをずっと繰り返している。可愛いけど、何気に重い。

 何往復かさせたあと、私はやっとゆっくりと体を起こした。マイカちゃんもクーを抱えてそれに続く。みんなに手伝ってもらいながら立ちあがると、傍らに落ちていた剣を拾った。三本の剣は一つになったはずなのに、今は元通りだ。双剣を正しく鞘に納めると、一瞬で視線が高くなった。元の体に戻ったんだ。


 落ち着き始めた私達は、そこでようやくぽかーんとしている二人組に気付いた。


「おい……マジかよ……」

「嘘じゃろ……」


 ヴォルフとウェンは膝をついたまま、ある一点を見つめている。二人の視線は私達ではなく、その奥の広場へと注がれていた。

 フオちゃんは腕を組んで、そんな二人に言い放った。


「どーよ。お前らの大将はやられたぞ」

「そうじゃねー! なんで殺さねーんだって驚いてんだよ! 少なくともオレは!」

「ワシもじゃ。というか自分が生きてることにも驚きじゃが」

「それは私の力が途中で力尽きただけですので、お望みとあらばすぐにでも」

「死にたいわけではないわい!」


 ボロボロになりながら踞るカイルだが、死んではいない。痛みに身を悶えながら、一人で起き上がろうとしているところだ。化け物の姿からも解放された今、ほとんど魔力も残っていないはず。


 きっと、彼は敵に情けをかけられることを嫌うだろう。今だって、なんで僕は生きているんだ、なんて呟いて、自分の両手を見つめている。


「カイル……」


 かける言葉は見つからないままだけど、私は彼の名前を呼んだ。すると、彼は優しく微笑み……手から黒い弾丸のようなものを放った。


「な……!?」

「すまない。僕は、死ななきゃならない」


 彼の放った凶弾が直撃し、力の入らない体が吹き飛ばされる。お互いを讃え合う声が悲鳴に変わった。


「くっ……」


 どこを撃たれた。体に触れて確かめてみるけど、痛みを感じるところはない。ゆっくりと視線をあげると、そこにはぐったりと横たわるクーがいた。

 腕に抱えていたクーに直撃していたんだ、それを確信すると、よろめきながらクーに近付く。


「クー!! クー!? ねぇ!」

「なんで、クーが……どうしてよ……!」


 カイルは臥せっていた。完全に力を使い果たしたらしい。だけど、私は声を発さずにはいられなかった。


「……お前ぇぇぇ!!!!」


 私は動かないクーの体を抱いて、これまでに経験したことのない強い怒りに身を任せて叫んだ。

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