ドボルの元凶・エビルK

第127話


 私達の前に姿を現した異形には翼も生えていた。視線の雰囲気と、空から見下ろしてきていることも相俟ってか、随分と偉そうに感じる。あの外見から考えても、体中が無数の目だらけだったドボルと無関係とは言わないだろう。

 つまり、オオノの思惑通りだ。まさか彼もこれほど上手くいくとは思っていないかもしれない。これをどうにかすれば、ユーグリアの治安は飛躍的に向上する可能性があるのだ。


 にしても怖い。

 ビジュアルだけで言うと、これまで戦った中で一番不気味な形をしている。ちなみにこいつに出会うまでの一位はドボルだったんだけど。


「な、なにこれ……」

「こわい……」

「クオ……」


 おそらくは魔族の類いだろう。ドボルと関係がありそうだということからも推測できるけど、それ以前にこいつが纏っているオーラが普通じゃない。闇属性というのは他の属性と混じって存在していることが多いが、こいつの場合は闇一色だ。例えば、ガーゴイルなんかは、闇の他に風の属性が混じっている。誰に教わったわけではないけど、私は対峙すると大体の生き物のそれが分かるのだ。

 目の前の推定魔族から目を離さないようにそっと双剣に触れた瞬間、そいつはどこからか声を発した。


「あのさ。いい? 初手で燃やしてくるって何? しかも次に生き埋め。なに食ってたらそんな酷いこと思い付く? マジでよぉ、びっくりしたんだけど」


 想像していた百倍フランクな口調には驚いたが、私はかつて戦ったジェイの言葉を思い出していた。魔族は知能も高く喋ることができる、と。元々そのように当たりをつけてはいたが、これで目の前の敵が何者なのか、はっきりした。

 それにしても、この目玉……発言の内容がちょっと……。


「なんかこの人、目だけなのにめっちゃ喋るね……」

「しかも若干正論だから反論できないわ……」

「それね……」


 私達は盛大に困った顔を浮かべていた。クーですら「クオ……」と言って同じ気持ちでいるっぽい。うん、わかる。そこに関して言えば、悪いのは私達の方だもんね。


「オレ様の名前はエビルK。見て分かるけど、モンスターじゃなくて魔族だぞ。それも結構偉いやつ。上の下くらい」

「大したことないのね」


 間髪入れずにマイカちゃんがそう言うと、エビルKと名乗った魔族は空中に漂いながら翼をバタつかせた。もがき苦しむような動きを大げさだと思っていたが、ただのオーバーリアクションにしては明らかに様子がおかしい。


「あーあ。そんなこと言っちゃって。悲しいったらないね。あぁ生まれる、生まれる生まれる〜〜〜!!」


 エビルKが黒い涙を流す。滴った雫は空中で分裂して、三匹のドボルになった。

 ドボルがどうやって生まれるのかを目の当たりにしてかなり驚いたけど、街に向かわれると厄介だ。炎の刃を抜刀すると同時に、伸びるよう念じた。居合い斬りのような攻撃は、生み落とされたばかりのドボルを三体とも消し炭にした。


「やるじゃねーか。ま、そんなもん一万匹倒してもまぁっったく意味ねーけどな!」


 目玉と翼しかない魔族のくせに、よく喋る奴だ。ゲッヒッヒという耳障りな笑い声を沼地に響かせて、エビルKは話を続けた。


「お前らはオレ様の排泄物にドボルなんて名前まで付けて可愛がってるらしいな。驚くよ。オレ様にとっちゃうんこのようなものを人間は恐れて、わざわざ名前まで付けて警戒してるなんて」

「うんこって……」

「オレ様は悲しみを感じると苦しくなって、ドボルを産み出すとちょっと楽になれるんだ。できるだけ多くのドボルを生み出せるように、オレ様は先代の魔王様にそう設計された。まぁとにかく、お前ら人間はオレ様のうんこ以下の存在ってこった! ギハハハハハハハ!!」

「くっ……!」


 たくさんの人命を奪っておいて、この言い草はなんだ。私は憤りを隠さなかった。私の顔を見ながら、エビルKは尚もぺらぺらと喋る。


「いやぁー、元々は美味そうな匂いがしたから飛んできただけだったんだけどなー。こぉんな面白いところだとは思わなかったぜー」


 奴は私をさらに煽ろうとしているようだ。しかし、隣にいるマイカちゃんがきょとんとした顔でいる事に気付いて、それどころではなくなってしまった。


「ねぇ、ちょっと待って?」


 あ、やめてマイカちゃん。絶対ヤバいこと言おうとしてる。

 やめようね。やめて。


 私は本能でそれを察知して止めに入ろうとしたけど、マイカちゃんが私の「ちょ、ちょっと」というジェスチャーを汲んでくれるわけがない。彼女はエビルKの返事を待たずに続けた。続けてしまった。


「アンタはドボルをより多く生む為に作られたのよね」

「ああそうだ! 今更ビビったって」

「ドボルがうんこってことになると、あんたってただのうんこ製造機ってことになるけど、その辺はどうなの?」

「……」


 そう言われると、エビルKはどこを見ているのかよく分からない感じで硬直した。


 あーあ。知らない。私は知らないよ。

 止めようとしたもん。止めてないけど。

 一応気持ち的にはよくないよなって思ってたもん。


「てめぇえぇぇぇええ!!! ぶ!!!! ち!!!!! 殺してやる!!!!!!!」


 こわ。

 だから言ったじゃん、言ってないけど。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る