キリンジ国
キリンジという国
第30話
私達は三日前に山の関所を抜け、それからずっと山岳地帯を歩いていた。山は聞いていた通り、本当に寒い。風が吹き荒ぶような猛烈な寒さは無いけど、ひんやりと底冷えするような、じわじわくる寒さがある。これから山の高度が上がればさらに寒くなると思う。マントだけで凌げるか、だんだん心配になってきた。
ここからは言葉が通じなくなっていくから気を付けろよなんて駐屯しているおじさんに言われて身構えていたけど、その辺は全然問題ない。なんでかって、全く人と出くわさないから。
予定通りなら、そろそろハロルドの祭りが最高潮を迎える頃だろう。ジーニアに着いたらすぐにハロルドがどうなったのか確認しないと。そういう意味でも私達は先を急ぐ必要がある。あるんだけど……。
「本当に白い柱を目指せばジーニアとやらに着くの!?」
「落ち着いてマイカちゃん、傷に響くよ」
「ランの言う通り。それに、私達は国を越えて移動しようとしている。そんな簡単じゃないのは自明の理」
「じめ……まぁ、そうね」
うわ、今この人絶対意味分かってないのに分かってるフリしたじゃん……。
指摘すると病みあがりの身体にムチを打たれそうなので黙っておいたけど。確かに行けども行けども、景色は大して変わらないし、足は疲れる。だけどそれだけだ。
鋭い牙や爪で襲ってくる敵も、人間を玩具にして遊ぶ魔族もどきもいない。正直、あんな死闘を繰り広げるくらいなら、私は一週間でも一ヶ月でもてくてく歩く。平和が一番だ。
「ま、食料に困っていないのが不幸中の幸いよね」
「それね。なんだかんだ言っても、結局人間最後は食欲だよ」
コタンの町の特産は山で取れる動物の肉ということで、干し肉を大量に分けてもらっている。そのまま食べても美味しいし、適当なものと炒めても美味しい。私達はみんなお肉が大好きなので、本当に有り難かった。
昨晩、適当な場所でキャンプをしたときに、マイカちゃんがお肉の美味しさに舌鼓を打ちながら「あの町救って良かった〜」って言ったときは流石にちょっとツッコんだけど。でもそれくらい美味しいものが鞄の中にたくさん入っているのだ。気力が湧かないワケがない。
「食料ってあとどれくらい保つと思う?」
「どうだろ、こんな大量の干し肉持ち歩いたことないから分からないけど、一週間はいけるんじゃない? 味が濃いから結構すぐお腹いっぱいになるし」
「腐ったり、という可能性は?」
クロちゃんが残念そうな顔をして問う。分かるよ、こんな美味しいものがお腹に収まることなく腐るなんて絶対に嫌だし悲しいよね。
私も干し肉を食べる習慣はあまりなかったので分からない。だけど、それまでには食べられるだろう。よく考えたら、食べきっちゃうのも悲しいし、腐っちゃうのも悲しいな。結構難しいじゃん。
「そういう可能性もあるかも。だけどマイカちゃんなら一ヶ月くらいまで平気そうじゃない?」
「はぁ!? 私に腐りかけの肉を食べさせようとするのやめてくれる!?」
「でも私、そんなお腹強くないし……」
「マイカは言ってた。ジェイに殴られて平気だったのはお腹が強かったからだって」
「そういう話じゃないでしょ!」
「あんなのに殴られて大丈夫なくらい物理でお腹強いのも本当はおかしいんだけどね」
私はあの時のことを思い出す。ジェイは一切の手加減なく、彼女の腹に肘打ちをかましたのだ。ダンッって大きな足音を立てて、全身の体重を乗せて。本当に思いっきり。私があんなことされてたら内臓破裂してたんじゃないかなって思う。
「じゃあマイカちゃんはほんのちょっと腐りかけてるけど、まだ食べられるってくらいのお肉を捨てちゃうの?」
「食べるわよ! ふん!」
マイカちゃんはズカズカと足を踏み鳴らして歩いていく。先を行く背中を眺めてから、私はクロちゃんと目を合わせた。クロちゃんは最近楽しそうだ。あんまり表情は変わらない子だけど、彼女の小さな変化に最近気付けるようになってきた。
コタンの村で討伐に出た私達が戻った夜、ふざけて「寂しかった?」って聞いてみたら、彼女は小さく頷いたのだ。妹がいたらこんな感じなのかなって思った。まぁ戦闘の度に「呪いあれ呪いあれ!」って言う妹とか嫌だけど。この辺はモンスターが頻繁に出るので、国境を越えてからもう五回は「呪いあれ」を耳にしてる。今夜辺り夢に出そうで普通に嫌。
私達がのんびり歩いていると、何かの影が横からマイカちゃんを襲ったのが見えた。遠くて何者かは分からない。一瞬肝を冷やしたけど、マイカちゃんがカウンターで沈めたらしいことを目で確認しながら慌てて駆け寄る。
「マイカちゃん、どうしたの」
「モンスター兼ごちそうよ」
彼女はワンパンで沈めたモンスターを見下ろして言う。四足歩行のモンスターだったらしく、岩のような身体の背中に、キノコが生えている。
「……いや、キノコはヤバいでしょ」
「どうしてよ、干し肉と案外合うかもしれないわよ」
「いや合う合わないじゃなくて、毒が入ってるかもしれないじゃん……」
ちょっとしたゲテモノだったら「マイカちゃんだけで食べてね」って言うところなんだけど、キノコだけはヤバい。私とクロちゃんは、目を爛々と輝かせるマイカちゃんをなんとか引き摺って先を急ぐことにした。
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