地獄の箱庭

第238話

 結界の中は灰色の世界だった。色の無い、私達の街。それがマイカちゃんの作り出した空間だ。何かが錆びたような焦げたような、とにかく嫌な臭いが鼻を突いた。

 内側に入ってから振り返ってみると、心配そうに結界の中を覗き込もうとする巫女達とクーが居た。彼女達が決死の思いで開けてくれた穴はすぐに塞がってしまった。

 外からはまるで中の様子が窺えなかったけど、こちらからは少しだけ見える。みんなが固唾を飲んで、箱庭を見つめていることは分かった。その気持ちに応えるためにも、まずは戦況を見極めるとしよう。


「さっきからちょこまかと……!」

「永遠より遠き存在よ……我に力を……!」

「させるものか!」

「甘いわ! イグジスト・エッジ!」


 すごい、マイカちゃん、本当に絶好調だ。色んな意味で。

 彼女は化け物とほぼ対等に渡り合っているように見えた。どこが顔だか分かりにくい化け物だが、手を抜いて対峙していないことはその声から容易に読み取れる。マイカちゃんが化け物を追いつめている証拠だ。

 イグジスト・エッジと唱えられた魔法は、三日月のような刃の形をしていた。斬れ味の良さそうなそれは、明滅しながら化け物の体を削ろうとしている。色々な属性の複合技なのは、その見た目から分かった。どうやら、無意識に属性や魔力量を調整しているらしい。これはもう立派な才能だ。


 化け物も負けじと、魔力で作った弾丸のようなものを飛ばして応戦する。二人の魔法攻撃はもちろん、化け物が飛ばす気味の悪い体のパーツも、全ては箱庭の壁に当たると分解され消えていた。何があろうと、この中から外に出ることは出来ないようだ。そんな結界を破った巫女とクーの力は本物だと思う。


「死んでもらおう!!」

「くっ……!」


 当然、マイカちゃんも余裕そうとは言えない。私の身体で戦ってるから、思うように動けないのだろう。私は彼女へと駆け寄って、声をかけようとした。が、それは思わぬ形で遮られてしまった。


「どうして来たのよ!」

「ど、どうしてって……!」


 とっさの判断で私を結界に入れないようにした彼女のことだ。私がやってきて、喜ぶわけがない。心のどこかじゃ分かってたはずなのに。

 だけど、こんなときに謝っても意味がないことを知っている。もう来ちゃったし、開き直っていこう。私が謝れば、きっとマイカちゃんは、私に謝らせてしまったことを気に病むだろうから。


 化け物の攻撃を躱して着地した彼女へと、剣を滑らせた。ずっと広場に刺さっていた、マチスさんから託された、私達の街のシンボルを。

 マイカちゃんの体から放たれた剣は、かなりのスピードで箱庭の中をスライドしていく。こんな危険な刃物の受け渡し無いでしょってくらいの勢いだ。だけど、彼女は風の精霊の力を上手く利用し、自分の手元に柄が来るようにして受け取ってくれた。

 本当に、私なんかよりもよっぽど応用ができている。私の体になってしまった身体的ハンデを魔法でカバーするなんて。


 戦っている彼女にどうやって武器を渡そうか、実はちょっと心配していたけど、上手くいってよかった。間違って化け物の手に渡っていたら最悪だったし。

 彼女が剣を受け取ったのを見届け、ほっと小さく息をつく私の耳に不気味な声が響いた。それは、カイルの面影を残した声だった。


「お前ら、まだ僕に勝てないと理解できないのか」

「はぁ?」


 たったいま剣を受け取ったところでしょうが、とでも言いたげなマイカちゃんだが、そのあとに続く極めて理性的な声を聞くと、様子が変わった。


「空間をズラす等という魔法は見たことがない。聞いたこともない。まるで未知の魔法だ。僕はあまり魔法には明るくないが、それでも大きな魔力がそのために動いていることはわかる。残った脆弱な力で勝てると思われているのか。見くびられたものだな」


 カイルはそう述べると、実に嘆かわしげに首を振った。表情は読み取れないから、ただの気持ち悪い化け物がふるふると動いているようにしか見えないんだけど。

 私はそんな気味の悪い所作を睨み付けつつも、マイカちゃんの様子に気を配った。売られた喧嘩はすぐに買うタイプの彼女が、ここまで大人しいなんて珍しい。彼女は私に近付き、小声で、そして若干早口で言った。


「ラン……」

「どうしたの?」

「あいつの言ってること、大体合ってるんだけど、どうしたらいい?」


 まぁね。分かってたよ。そんな、伝説の巫女四人と伝説のドラゴン一匹でやっとなんとか対応できる魔法、絶対普通じゃないもん。

 だけど、それをどうにか補えるかもしれない剣を渡せたし、あとは私もいる。こういう時は半分強がりでもいい。なんならハッタリのかまし合いだ。私は図星を突かれて動揺しているマイカちゃんに、そっと耳打ちをした。


「とりあえず不敵に笑っとこ?」


 私のアドバイスを受けて、キッ! と豹変した表情はまるで別人のようだった。だけど、元の体は私だ。自分の邪悪な笑みを見ることになって、なんだか不思議な気持ちになってる。


「くくく……せいぜいそう思い込んでいなさい。それであんたの死に対する恐怖が少しでも和らぐなら、ね」


 いや完璧かよ。やりすぎ。

 カイルは、どういう意味合いからなのかは分からないけど、絶句している。普通に考えれば、ここは強がりを鼻で笑い飛ばされるところなんだけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る