第51話
列車は街を巡回していたルートから外れて、森を迂回するように遠回りしてレールが敷かれているらしい。辺りがだだっ広い草原になったのを確認すると、レイさんは窓の日除け布を上げた。それからやっと私は窓の外を振り返って、柱が消えているのをこの目で見たのだ。
ちなみにマイカちゃんは揺れにやっと慣れてきたのか、少し持ち直したようだ。本人はまだ辛そうだけど、顔色は若干良くなった。
「サライ、レールはどこまで敷けた?」
「それがね、コロルさんのおかげで、予定してた距離よりも随分長く敷けたんだよ。列車が止まってから半日も歩けば、ルクス地方の国境に辿りつけると思う。ΓγΓγγ」
サライちゃんはコロルさんにお礼を言ったのだろう。それを聞いた彼は照れくさかったのか、ぷいっと視線を逸らして手をパタパタさせていた。
「でも、良かったの? 柱が消えた原因を調査しているってことになってるのに。あたしが居なくなったことにはそうそう気付かれないだろうけど、それにしてもあそこに誰もいないのは不自然じゃない?」
「あそこに人はいるよ。協力者数名があそこで、なんの意味もない格好だけの調査をしてくれてる」
この計画を実行する日を確定させてから、サライちゃんは関係機関に列車の実験の申請を出していたらしい。つまり、緊急事態で柱の元に機械を運び込むことになって、そのあとすぐに予定してた実験へと向かった、表向きはそうなっているとか。
「へぇ。一応その辺もぬかりないってワケか。良かった。で、今度はランちゃんに聞きたいんだけど。あたしらは今後どうすんの?」
「レイさんとクロちゃんには、ルクス地方の森の中にある小屋でしばらく生活してもらうつもり。私達は、青か赤の柱、どちらかを目指すよ」
「なるほど。そりゃちょうどいいや。あたしも、新しい台座を作る場所を割り出したりするのに、落ち着いたところで作業したかったし」
「二人で暮らしてもらう」、私がそう言ってから、レイさんがうんうんと頷いて言葉を切るまでの間、クロちゃんは多分50回くらい「ヤダ」って言った。嫌なのは分かったけど、こればっかりは仕方ないし。クロちゃんは嫌がっているだけど、レイさんはクロちゃんを気に入っているみたいだ。
「ラン、マイカ。私達、あんなに仲良く旅をしていたのに。どうして置いていくの。悲しい。私、二人ともっと冒険したかった」
「こんな饒舌なクロ、見たことないんだけど」
「よっぽどイヤなんだろうね」
私達が呆れていると、背後から何かを持ったサライさんが現れた。くるっと曲がった金属のようの何かを三本持っている。なんだろう、これ。アクセサリーかな。
「お礼と言うにはささやか過ぎて失礼なものかもしれないけど……きっとこれからの旅に役立つから、二人には持っていって欲しいの。クロちゃんも頑張ってくれたと思うから、必要な時に使ってね」
手渡されたそれを見ても、まだ使い方が分からない。不思議そうにそれを見ているサライちゃんは、くすりと笑ってから耳にかけてみてと言った。
なるほど、イヤーフックか。隣に座っていたマイカちゃんが言われた通りに試してみる。
「……? なにこれ。流行りのアクセサリー?」
「コロルさん、γγΓγΓΓ」
「Γ、γ!」
「うわ! え!? すごっ!」
サライちゃんに促されたコロルさんが何かを言うと、マイカちゃんが飛び跳ねた。つられて私もちょっとびくっとする。まさか、これ……。
「そう、これは翻訳機。向こうの喋った言葉も分かるようになるし、こちらの言葉も相手に伝わるように変換して届けてくれるスグレモノよ。いくつかバージョンがあるんだけど、現行の最上位機種を用意させてもらったから、ルーズランドでも多少は使えると思うわ」
「……ラン、げんこーのさいじょーいきしゅって何?」
「一番新しくて一番高性能なやつってことだと思うよ」
「なによ! すごいじゃない!」
マイカちゃんはにこにこして立ち上がると、コロルさんの隣に座った。二人で楽しくお喋りしたいらしい。彼女のことはほっといて、私はサライさんに尋ねた。
「ルーズランドでは古い機種なんかは使えないの?」
「あそこはほとんど未開の地だから。言葉の研究が進んでいないの。ランがあの地方の呪文を調べるのに苦戦していたのはそういうこと」
「あー……なんか大変そうなとこだよね……」
話をしている内に列車が止まった。どうやら終点に辿り着いたようだ。私達はぞろぞろと地上に降り立ち、別れを惜しむように握手を交わした。
サライちゃんは改めて私達にお礼を言って、レイさんには短いお別れを告げている。レイさんがジーニアに戻る予定はまだ立っていない。これからしばらくは、会いたくなったらサライちゃんの方から足を運ぶ必要があるだろう。
「再会したばかりなのに、もうお別れなんて……ちょっと可哀想だね」
「そうね。ま、あいつが旅についてくるなんて言い出さなくてよかったわ」
「あいつって?」
「サライよ」
「なんでそういじわる言うかなぁ……」
「いっ! いじわるじゃないわよ! 私はただ、ランが、そのっ、あの子に見とれてるみたいだったから」
「はい?」
「なんでもないから死んで」
「なんでもないのに!?」
マイカちゃんに謎の殺意を向けられていると、コロルさんがこちらにやってきた。受け取った翻訳機はポケットにしまっていたけど、私はそれをあえて出すことはしなかった。なんだろう、今更野暮な気がしたから。
コロルさんもそれに気付いたみたいで、私達は無言でがっちりと固い握手を交わした。
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