第8話 前衛も後衛もできるからな

 ダンジョンには多数の魔物が棲息し、危険なトラップもある。

 もしかしたらミラは職業を得たことで自分の強さを過信し、実力に合わない階層に挑戦してしまっているかもしれない。


 そんな妹を追うべく、俺もまた冒険者になることに。

 だがそのためには試験を受けなければならないという。


 三日後、ようやくその試験の日がやってきた。

 もちろんこの三日間、ぼーっとしていたわけではない。

 街中を探したり、冒険者ギルドで張り込んだりしていた。


 しかし見つけられるどころか、情報すら得られていない。

 やはりダンジョンに潜っているのだろう。


 冒険者ギルドの広いエントランスの一角に、俺を含める大勢の人間たちが集まっていた。

 恐らく三十人以上いるだろう。

 どうやらこれがすべて今回の試験を受ける者たちらしい。


「よおし、そろそろ時間だ。今から試験の概要を説明する。一度しか言わねぇから、よく聞いておけよ」


 恐らく熟練の冒険者だろう、厳つい中年男が全員集まったと見て試験を進行していく。


「まず、試験は一次から三次まである。それぞれで合否を判定するから、どこかで不合格となった奴はその時点でお仕舞いだ。まぁ次の機会に頑張ってくれ」


 篩にかけていくといった感じか。

 恐らく試験内容は段々と難しくなっていくのだろう。


「早速、最初の試験だが……内容はいたってシンプルだ。今から俺が街中を走る。お前たちはそれに付いてこい。そして最後まで付いてこれた奴だけが次の試験に進むことができる。冒険者に必要な最低限の体力を調べるためのテストってわけだ」


 ただし、と試験官は続けた。


「お前たちには背中に荷物を背負ってもらう」


 職員らしき男たちが随分と重たそうにバックパックを運んできた。

 見た感じ大きさは二種類ありそうだ。


「体力差を考慮し、前衛か後衛かで重さには差をつけさせてもらう」


 どうやら前衛は五十キロの荷物を、後衛は三十キロの荷物を背負うらしい。


「うお、これ結構重いぞ……」

「歩くってのならともかく、こんなのを背負って走るってのか……?」


 荷物を持ち上げ、受験者たちが顔を顰めて呻く。


「はっ、俺様からすりゃあ、こんなの何も背負ってねぇのと一緒だぜ」


 一方、鼻を鳴らして軽々と五十キロの荷物を持ち上げたのは、筋骨隆々のモヒカン大男だ。


 ふむ。

 前衛と後衛で差をつけるというが、俺はどっちにも当てはまるのだが。


 ……つまり両方運べということだろうか?

 まぁこれくらいなら大した重さではないだろう。


 俺は背中に五十キロを背負い、三十キロの方は身体の前に持ってきた。


「おい、お前、何をしている?」


 すると試験官が咎めてきた。


「いや、俺は前衛も後衛もできるからな。両方背負った方がいいのかと思って」

「……そういうやつは普通、重い方だけでいいんだが……」

「そうなのか?」

「そもそも両方こなせる人材は貴重だ。合格すれば、色んなパーティから取り合いになることだろう。それだけで一次を通してもいいくらいだな。……ちなみに《魔法剣士》か? それとも《聖騎士》か?」

「いや、《無職》だが」

「……は?」


 周囲からどっと笑い声が上がった。


「おいおい、《無職》だってよ!」

「《無職》が冒険者になれるわけねぇだろ!」

「ぷぷぷ、前衛も後衛もできないの間違いじゃねぇか!」


 先ほどの大男が近づいてくると、俺を見下ろしながら嗤う。


「くくく、無理してそんなに持たなくていいんだぜ? 立ってるだけでもやっとだろ?」

「別に無理なんてしてないんだが」


 実際、合わせて八十キロの重さくらい、誤差のようなものだ。


「けっ、《無職》のくせに見得だけは一人前じゃねぇか。まぁ、せめて日が暮れるまでにはゴールに辿り着くんだな」


 それから試験官を先頭に、受験者たちが整列する。


「どうせお前はすぐ脱落するんだ」

「後ろへ行けよ」


 そんな風に言われて、俺は後方へと押しやられた。

 どの位置でスタートしても大して変わらないだろうし、大人しく最後尾につく。


「では出発だ」


 試験官が走り出すと、受験者たちも一斉にその後を追った。


「こ、これはっ……」

「ちょっと速くねぇか……っ!?」

「普通なら大したペースじゃないが、この重りを持ってだとさすがにキツイな……!」

「これじゃあ、さっきの《無職》なんざ、もう付いてこれなく――っ!?」


 面白そうに最後尾を振り返った受験者の一人が、目を丸くした。


「平然と走ってやがる!?」

「?」


 歩いているのと変わらない速さだし、そりゃ息も上がらないだろう。

 ずっとこのペースなら永遠に走り続けられそうだ。


 これだと脱落するやつはいないのではないだろうか?

 と思っていると、走り出して僅か一キロほど。

 前の方にいた一人が遅れ始め、俺のいる最後尾まで下がってきた。


「くそっ……まさか一次でこんなにキツイなんて……っ!」


 息が荒く、汗びっしょり。

 かなり辛そうだ。

 もしかしたら最初から体調が悪かったのかもしれない。


「体調不良ならあまり無理しない方がいいと思うぞ?」

「う、うるせぇ……! ぜぇぜぇ……《無職》のくせに……ぜぇぜぇ……なんで汗一つ掻いてねぇんだよっ! ぜぇぜぇ……」


 結局、十メートル以上遅れたところで、その受験者は立ち止まってしまった。


 さらにこの一人を皮切りに、続々と脱落者が出始める。

 最後尾にいることもあって、みんな俺の横を通って落ちていく。


「もう限界だ……」

「はぁはぁ……なんで《無職》がまだ残ってやがんだ……っ!」


 そしてあっという間に十人以上が脱落し、二十名ほどになったとき、


「よし。それではペースを上げるぞ」


 先頭を走る試験官がそう宣言した。

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