第18話 ちゃんと注文して待て

「無理?」

「そりゃそうよ。魔岩に辿りつくだけでも難しいのに、野性の伝説級の魔物を従魔にするなんて不可能に決まってるじゃない」

「ふむ……」

「それより、あなた魔物調教師なの?」

「そうだ」


 まだギルドに所属していないが、二体の魔物を引き連れているので間違ってはいないだろう。


「魔物はどうしたの?」

「一匹はここにいるぞ」

『……ドーモ』


 俺は近くを漂っていたマティを指差す。

 それでようやく彼女が存在に気づいた。

 弱体化している悪魔は存在感が薄いので、精霊や妖精のように人に気づかれ難いのである。


「え? これって、悪魔?」

「そうだ」

「……戦えるの?」

「この状態だと何の戦力にもならないな」


 彼女はしばし眉間に皺を寄せてから、やがてぽんと手を叩いた。


「じゃあ、これから協力してくれる冒険者のパーティと合流するってわけね?」

「しないぞ」

「あなた一体どうやって魔岩まで行くつもりよ!?」

「普通に行くつもりだが?」

「それができたら苦労しないわよ! 言ったでしょっ? 半分も進めずに帰ってきた人ばかりだって! ロクな魔物もいない、サポート役もいない調教師が魔岩まで行けるわけないでしょ! ましてや伝説級の魔物を従魔にするなんて、夢のまた夢よ! それどころか、安全地帯との境界線を越えた時点ですぐに魔物にやられてしまうわ!」


 彼女が言うには、この平原に棲息している魔物は、たとえ中心部の魔岩から遠い場所であっても強力なのだという。


「だから戦う力がない魔物調教師は、冒険者のパーティに協力を依頼するか、十分な強さの魔物を従魔にしてから挑むものなのよ」

「なるほど」

「なるほどって……普通、曲がりなりにも調教師だっていうなら、それくらいの知識は持ってるはずなんだけれど……」


 彼女が呆れたように息を吐く。

 と、そのとき、


「アーシアちゃん! 久しぶりだね! 会いたかったよ!」


 元気のいい声とともに、店内へ飛び込んでくる青年がいた。

 年齢は二十代中ばくらいだろうか。

 ひょろりとした中背で、豪華な刺繍が施された仰々しいローブを身に纏っている。


「……また来たわ」


 店の娘が露骨に嫌そうな顔をして呟く。

 どうやらアーシアという名前のようだ。


「知り合いか?」

「……常連よ。何度も口説かれているけど、お断りしているの。なのにしつこくて。あれでも一応、魔物都市では有名な魔物調教師らしいんだけど……顔と性格がタイプじゃないのよ」


 その青年に続いて、数体の魔物が店に入ってきた。

 彼の従魔なのだろう。


 狼の魔物にゴリラの魔物、それからオーガにミノタウロスといった大型の魔物もいる。

 だがいずれも通常のよく見かける個体ではない。


 オーガは通常は二本あるはずの角が一本だし、ミノタウロスの方はやたらと変わった角の形状をしている。

 この平原特有の魔物なのかもしれない。


「っ……誰だい、そいつは?」


 近くまでやってきたその青年は俺に気づくと、急に不機嫌そうになった。


「誰って、お客さんに決まってるでしょ?」

「ははは、それはそうか。君に恋人ができたかと思ってしまったよ!」


 アーシアが半眼で応えると、青年はそんなふうに笑い飛ばす。


「……たとえできたってあなたには関係ないでしょ、別に」


 アーシアの呟きが聞こえなかったのか、青年は意気揚々と告げた。


「実は今回、とても珍しい魔物を従えることに成功したんだよ! 入ってきな、グリズ!」

「ぐるる……」


 青年の呼びかけに応じ、のっそりと店内に入ってきたのは、やたらと腕が発達した巨大な熊だった。

 アーシアが息を呑む。


「こ、これって……」

「アームグリズリーさ! その稀少度はなんとA! 強いしなかなか言うことを利かないしで、調教するのに本当に苦労したよ! この僕が丸一日かかってしまったほどさ!」


 巨大熊は脚よりも長い腕を地面に付けているが、それでも頭は天井すれすれだ。

 もし立ち上がりでもしたら、確実に天井に頭が付くだろう。


「ぐるるる……」


 しかもこの狭い空間が嫌いなのか、不快そうに喉を鳴らしている。


「ちょ、ちょっと、大丈夫なのっ? 店の中で暴れたりしないでしょうねっ?」

「ははは、心配は要らないさ! なにせこの僕が躾けたんだからね!」


 不安げに問い詰めるアーシアに、青年は軽く笑って胸を叩く。

 だがそのとき、巨大熊が右腕を軽く振るった。


 ズガシャンッ!


 近くにあったテーブルや椅子が吹き飛ばされ、盛大な音が鳴る。


「は、ははは……」


 青年の笑みが少し引き攣った。


「は、早く外に出してちょうだい……っ!」

「だ、大丈夫さ。少しだけ興奮しているだけだから……すぐに落ち着くは――」

「ぐるるるぁっ」


 ズガシャアアアン!


 また別のテーブルが犠牲になった。

 それでも巨大熊が落ち着く気配はない。


「グリズ! どうどうどう! 落ち着いて! さあ、いったん外に出よう。確かにここはちょっと君には狭かったね」


 さすがにマズイと思ったのか、青年は巨大熊を促して店外へと連れ出そうとする。

 しかし巨大熊はそれには応じず、逆に店の奥へと入ってきた。


「ひぃっ!」


 アーシアが慌てて逃げ出す。

 青年が何とか制止しようとするが、巨大熊はやはり言うことを利かない。


 巨大熊が向かっていくのは、どうやら厨房の方だ。

 美味そうな匂いが漂ってきているし、もしかしたらそれに釣られているのかもしれない。


「ぐるるるっ」


 しかし厨房まで行く途中にいたのは、料理が出てくるのを座って待っていた俺。

 巨大熊は邪魔だとばかりに、丸太よりも太い腕でテーブルごと払い飛ばそうとしてきた。


「あ、危ない! 逃げて!」


 ガシッ。


「「「っ!?」」」


 巨大熊の腕を、俺は言った。


「メシが喰いたいのならちゃんと注文して待て」


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