第17話 すっごいイケメンらしいのよ

 飛行魔法で空を飛び、およそ三時間。

 バチューダ大平原が見えてきた。


 空から見渡しても、広範囲にわたって遮る物が何もない一帯だ。

 地図上では綺麗に色分けされていたが、実際にはただの平原が広がっているだけである。


 だが唯一、平原の遥か彼方に、赤茶けた塊が見えた。

 ここからだと小さく見えるが、距離を考えるとかなり大きい。

 山、あるいは岩だろうか?


 どうやらちょうどその辺りが地図で真っ黒になっていた場所のようだ。

 きっとこの平原のどこからでも見えるだろう。

 これ以上ない目印になりそうだ。


「ん?」


 俺は地上に集落らしきものを発見する。

 周囲に簡易な防壁と濠がめぐらされているし、家畜と思われる馬や牛、羊などの姿もあった。

 間違いなく人が暮らしているだろう。


 俺は地上へ降りると、特に門番もいない門を潜って中へ。


 家はどれもテントのようで、全部で五十棟ほどあるだろうか。

 ただし、一軒一軒がかなり大きい。

 随分と丈夫な生地によって作られているようで、ちょっとやそっとの風雨ではビクともしなさそうだ。


 とはいえ、さすがに大型の魔物が現れたら一溜りもないだろう。

 この辺りは危険地帯ではなかったのだろうか?


 それにしても静かだな。

 まったく人を見かけない。


 と、そこでようやく最初の人間を発見した。

 四十がらみの女性だ。


「ようこそ、バチューダ大平原へ。あんたもここにしかいない稀少な魔物がお目当てかい?」

「そうだが。……ここは?」

「ははは、こんな危険な場所に集落があって驚いただろう? だけど実は平原の魔物がこの辺りまでやってくることはないから安全なんだよ」


 どういう原理かは分からないが、この大平原に棲息している魔物は、奥に進むほど魔物が強力になる一方で、それぞれ決まった場所から外に出ることがないのだという。

 だからこそ、あの地図のように危険度に応じて綺麗に色分けすることができるのだ。


「ここには冒険者やハンター、魔物調教師なんかが引っ切り無しに訪れるからね。あたしらは彼らをターゲットにした商売を行っているのさ」


 やけに静かなのは、この時間は彼らの大半が平原に挑んでいるからだという。


「まぁ、もうそろそろ戻ってくる頃合いだろうけれどね」


 魔物都市を出発したのが昼過ぎだったので、すでに太陽が西に沈み始めていた。

 中には平原で野宿をする者たちもいるそうだが、夜は真っ暗になって危険度が上がるため、多くはこの集落に帰ってきて宿泊するらしい。

 数あるテントの大半は宿屋だという。


「うちは食堂をやってるんだけど、よかったらどうだい? 自分で言うのも何だけど、この集落では人気店だからね。すぐに混んでしまって、なかなか席が取れないんだよ」


 今なら空いているそうだ。

 夕食には少し早いが、せっかくだし食べていくことにした。


 彼女の店はすぐ近くにあった。

 やたらと大きな入り口を潜って中に入る。


 外から見て想像していた以上に広かった。

 天井も高く、三メートル以上はあるだろうか。

 まるで巨人の住居のようだ。

 その割に並んでいるテーブルや椅子は普通の人間サイズである。


「魔物も一緒に入ることができるようになっているのさ。もちろん、あんまり大きかったり、不衛生だったりする種族はダメだけどね」

「なるほど」


 道理でどの家も大きく造られているわけだ。


「この平原に棲息している魔物の毛皮や骨なんかでできているんだけどね、丈夫だからこれくらいの大きさにしても十分な強度があるのさ」


 店は家族で切り盛りしているらしい。

 女性の旦那だという中年男性と、そして俺と同じ年くらいの娘がいた。


 彼女が言う通り今は空いている。

 というか、客は一人もいなかった。


 適当な席に腰掛ける。

 これまたこの平原で狩れる魔物の肉を使った料理が名物らしいので、それを適当に注文した。


 料理が出てくるのを待つ間、ちょうどいいので俺は水を運んできた娘に訊ねた。

 背が高い美人で、どことなくライナに似ている。


「ところで訊きたいことがあるのだが」

「何かしら?」

「平原の向こうに岩のようなものがあるが、あれは何だ?」


 彼女は「ああ、あれね」という顔をして、


「この平原の中心にあるんだけど、〝魔岩〟って呼ばれているわ」

「魔岩……」

「そこにはとんでもなく強い伝説級の魔物が棲息しているっていう噂よ。ギガントドラゴンすら捕食する巨大な魔物だとか、フェンリルより鋭い牙や爪を持つ魔物だとか、色々と言われてるけど、わたしは堕天使が封印されてるっていう説を支持しているわ。知ってる? 天使って、すっごいイケメンらしいのよ……」


 うっとりとした顔で言う。

 どうやら性格の方はライナとは大きく違うらしい。


「あそこまで行った人間はいるのか?」

「わたしの知る限りだといないわね。今まで何人も意気込んで挑戦していくのを見てきたけど、そのほとんどが半分も進めずにボロボロになって戻ってきたわ。というか、わたしだけじゃなくて、集落の人もみんなあの岩まで到達できた人間を見たことないって言ってるし、たぶん今まで一人もいないんじゃないかしら? だからさっきのはどれも噂というか、ただの空想かもしれないわね」

「なるほど」


 その魔岩とやらに辿りつくだけでも容易なことではないようだ。


「もしかしてあなたもあの魔岩を目指しているの?」

「そうだ」


 俺は頷いて、


「もっとも、あの岩のところに行くことが目的ではないがな。そこにいる魔物を従魔にするのが目的だ」

「いや無理でしょ」


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