第16話 まったく心当たりはないが

「ただのスライムじゃないんだが」


 魔界にしか生息していないグラトニースライムだ。

 今は俺の掌に乗るくらい小さくなっているが、物理攻撃も魔法攻撃も効かず、あらゆるものを吸収して無限に成長し続けることができる。


 だが女性職員はまったく俺の話に耳を貸す気はないらしく、


「しかも《無職》って! 確かに〈調教〉スキルがなくてもたまに魔物と仲良くなっちゃう天然モノはいるんだけど、そのせいで自分も調教師になれるかもって勘違い勘違いしちゃうことがあるのよねぇ~、あなたみたいに。それ、ただの偶然だから。もう一体、別の魔物を従えろって言われてもできないでしょ?」


 彼女はそう決めつけ、さらにトドメとばかりに言い放った。


「そもそもモンスターバトルには最低でも五体の魔物を所有していないと出場できないからね? というわけで、あと三体、どうにか連れてきたら採用をしてあげるわ。ま、無理だと思うけど」







「なるほど、五体の魔物が必要なのか」


 ギルドを後にした俺は、得られた情報を反芻した。


 どうやら他のギルドでも似たような条件らしい。

 ギルドに登録してからと思っていたが、先に魔物を揃えてからの方がよさそうだな。


 女性職員が言うには、この都市では魔物が販売されているらしい。

 モンスターマーケットと呼ばれている巨大な市場があり、そこで様々な種類の魔物を購入できるとか。


 とりあえずその市場とやらへ俺は足を運んだ。


「……ふむ、市場というか、ほとんど魔物の街だな」


 俺は思わず感嘆した。

 分厚い壁に覆われた都市の一区画を丸々使って、無数の檻がさながら住宅地のようにずらりと並んでいるのだ。


 檻の中はどうやらその魔物に適した環境になるよう構築されているようで、鬱蒼とした木々に覆われていたり、プールになっていたり、あるいは砂地になっていたりする。


 どうやら魔物調教師ではない一般人でも入場することが可能らしく、子供を連れて訪れている家族の姿もあった。

 稀少な魔物がいる檻には大勢の人が集まっている。


「この魔物は初めて見るな」


 とりわけ多くの人が屯している檻の奥にいたのは、神々しいほどに真っ白い毛並みの狼だ。

 しかもでかい。

 体長五メートルはあるだろう。


 檻に張りつけられた看板には〝フェンリル〟とあった。

 伝説級の魔物だ。

 そこには購入するための値段も書かれている。


「高い」


 さすがの金額で、俺の全財産でも届かない。


「……その割にはあまり強そうではないな」


 他の魔物も見てみたが、どれも野良で遭遇した場合と比べると、明らかに弱そうだった。

 なんというか、牙を抜かれている感じがするのだ。


 これは後で知った話だが、ここで売られている魔物の多くは、この都市で生まれ、育てられたものたちらしい。

 そのため家畜と同じで、野性の大部分を失っているのだという。

 その分、調教によって手懐けやすいそうなのだが、同時に戦闘力としては野良の魔物に比べれば劣るのだとか。


 広大な市場を隈なく見て回ったものの、結局、ピンとくる魔物には出会わなかった。

 そのくせ、値段もそれなりにする。


「これなら野良で捕まえた方がよさそうだな」


 俺はそう判断して市場を出ると、先ほどのギルドへと戻った。

 同じ女性職員が面倒そうに応対してくれる。


「なに、また来たの?」

「ああ。市場にあまり良さそうな魔物がいなかったからな。どこか野良の魔物を捕まえるのに適した場所を教えてもらおうと思って」


 ギルドの職員なら、そうした情報くらい持っているだろう。


「あなた、よく図々しいって言われない?」

「ふむ? まったく心当たりはないが」

「……そう」


 彼女は呆れたように溜息を吐いてから、


「一応忠告しておくけど、野良の魔物を捕まえるのはプロの魔物調教師でも大変なのよ? 当たり前だけど、すでに人間に慣らされた市場の魔物と違って問答無用で襲い掛かってくるからね。だから普通は冒険者とか、相応の力を持った護衛を雇うものなんだけど……そこのところ分かってる?」

「その辺の心配は無用だ」

「……《無職》のあなたの依頼に応えてくれる冒険者がいるとは思えないんだけど?」


 そもそも雇うつもりはないがな。


 彼女は訝しみつつも、くいっと顎をしゃくって、


「あそこに掲示板があるでしょ? どんな魔物がどこに出没しやすいのかっていう情報が掲示されてるから、それを参考にすればいいわ」


 だから後は自分で探せ、ということらしい。


「ふむ、そうか。助かった」


 俺は礼を言って、その掲示板のところへと向かう。


 掲示板に地図が張り付けてあった。

 この都市を中心としてかなり広範囲に及ぶ地図のようだが、場所によって色で塗り分けられている。

 どうやら危険度によって色が違うようだ。


 都市の近辺は危険度が低く青色。

 離れるほどより危険度の高い緑色に近づいていき、山や森はさらに危険度が高くて黄色や橙色に塗られている。

 そして出没する主な魔物の名称も記されていた。


「なんだここは?」


 奇妙な箇所を発見した。

 平原地帯らしいのだが、ある地点を中心にして、見事な同心円状に色が変化していっている。

 円の中心に近づくにつれて危険度が上がっていき、黄色から橙色、そして赤がどんどん濃くなり、最終的にはほとんど黒に近い色となっていた。


 バチューダ大平原と呼ばれている場所らしい。


「つまりここに行けば強い魔物に出会えるというわけだな」


 俺はそう納得し、この平原地帯へと行ってみることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る