第6話 跪くのはあなたの方です

「く、くくく……くはははははっ!」


 領主グレッゾは、贅肉だらけの巨体を揺らし、大声で笑い出した。


「愚かな女だ! のこのこおれの前にやってくるとはな! くくく、おれを領主の座から追放するだと? やれるものならやってみるがよい」

「……そうですか。腐っても都市を治める領主です。ご自身の立場を理解するだけの最低限の判断力くらいはお持ちだろうと期待したのですが」


 銀髪の美女エレネラは、淡々とした口調で相手を辛辣に皮肉る。


「言うではないか。……それにしても、なかなかの上玉だ」


 グレッゾは下卑た視線をエレネラへと送る。

 彼女の均整の取れた肢体を舐めるように眺めながら、分厚い唇を吊り上げた。


「どうだ? 将軍など辞めておれのモノにならないか? 毎晩たっぷり可愛がってやるぞ?」

「どうやら追い詰められて認知に異常をきたしてしまわれたようですね。これから都市を追放される方へのお仕えを望む者がいると思いますか?」

「くくっ、お前が望むか望まぬかなど関係ない。おれが望めばその通りになるのだからなぁっ」


 グレッゾは《大領主》のスキル〈絶対命令〉を発動した。


 跪!」


 これでこの女はおれのモノだ!

 攻め込んできた敵国の美しき女将軍を手籠めにできることに、強く興奮するグレッゾ。


 散々楽しんだ後は、逆に刺客として送り込んでやろうかと、内心で計略する。

 皇国だか知らないが、おれの領地を狙ったのが運の尽きだと、グレッゾは嘲笑った。


 エレネラが近づいてくる。

 これから目の前で晒されることになる彼女の裸体を想像して、グレッゾの下腹部が膨らんでいった。

 だが、


「跪くのはあなたの方です」

「……は?」


 直後、エレネラの剣がグレッゾの股間に突き刺さっていた。


「ぎやあああああああああっ!?」


 凄まじい激痛に椅子から転げ落ち、地面に引っくり返るグレッゾ。


「ひぃっ! ひぎぃっ!? いだいぃぃぃっ!?」


 加護によってすぐに傷が癒えていくが、痛みの残滓だけでグレッゾは喚き散らす。

 股間を押えて蹲る彼の大きな尻を、エレネラは思いきり踏み付けた。


「ぶぎゃあっ!?」

「いちいち喚かないでいただけますか? 醜い豚の鳴き声は非常に耳障りですので」


 端整な顔立ちと丁寧な空調とは裏腹に、辛辣な言葉を吐くエレネラ。


 グレッゾは信じられないとばかりに叫んだ。


「な、なぜだっ!? なぜお前にもおれの〈絶対命令〉が効かない!?」

「……お前にも?」


 エレネラはそこに引っ掛かって微かに眉根を寄せてから、


「まさか我々が、あなたの職業が《大領主》であり〈絶対命令〉というスキルを持つことを知らずにここまで来たとでも思っているのですか?」

「っ!?」

「知った上でなお、あなたの命令が届くところへ姿を現したに決まっているでしょう? つまり完全な対策ができているということです」

「ば、馬鹿なっ? ならば一体、どうやっておれの〈絶対命令〉を回避しているっ? ぶぎぃっ!?」


 ぶーぶー喚くグレッゾの今度は頭部を踏み付けながら、エレネラは言った。


「我々の主である女皇陛下の職業は《女皇》であらせられます」

「じょ、《女皇》だとぉっ!?」

「はい。すなわち、《大領主》の上位職。あの方のスキル〈天命〉に護られている以上、豚の〈絶対命令〉など効くはずもありません」


〈天命〉は〈絶対命令〉の上位スキルだ。

 それによってこの都市を落とすようにと命じられている以上、それに反する行為をエレネラは取ることはできないのだった。


「そ、そんな……」


 エレネラは知らないが、本日二度も最強と信じていた自身のスキルが破られたことで、グレッゾは完全に戦意を喪失。

 大人しく領主の座を明け渡したのだった。






「まずは等級制度の完全撤廃ですね。それからこれまで職業に胡坐をかき、あらゆる権益を我が物としていた連中から権力と財を取り上げ、全市民へと再分配しましょう」


 僅か数十名で都市の制圧に成功したエレネラは、自らが暫定領主の座に就いて都市の改革を断行しようとしていた。


「エレネラ様!」


 そこへ配下の一人が慌てた様子で駆け寄ってくる。


「どうされましたか?」

「さ、先ほど城内でこんなものを拾いまして!」


 そう言って手渡されたのは、厚紙で作られたカードのようなものだった。


「これは……滞在許可証のようですね」


 どうやら都市への短期滞在者へ発行しているものらしい。

 しかし別に珍しいものでもない。

 なぜ息せき切ってわざわざ自分のところへ持ってきたのかと、エレネラは訝しむ。


「その名前と職業がっ……」

「っ!?」


 エレネラは目を見開いた。

 そこに書かれていたのは、「アレル」という名前と、《無職》という職業だったのだ。


「こ、これを一体どこで拾ったのですかっ?」


 エレネラはいつになく慌てた様子で配下に問う。


「し、城のバルコニーですっ」

「すぐさま城の人間たちに話を聞くのです!」

「畏まりましたっ!」


 配下が急いで走っていく。

 それを見送ることもなく、エレネラはその許可証へと視線を落とす。

 見間違いでないか、もう一度しっかりと確認して、


「《無職》のアレル……間違いありません! まさか、こんなところでその足跡が見つかるとは……っ! ……は、早く陛下にご報告を差し上げなければ!」

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