第5話 単刀直入に申し上げましょう
「ひでぶぅっ!?」
椅子が引っくり返り、領主の巨体が地面を転がる。
泡を吹いて気を失っていた。
「「「領主様ぁぁぁっ!?」」」
隊員たちの絶叫が響く。
「さて、今度こそ帰らせてもらうとするか」
唖然としている治安維持隊の脇を通って、俺は出口へと向かった。
「な、何をしているっ!? そいつを逃がすんじゃない!」
怒声を上げたのは第二等級だというあの男だ。
治安維持隊が各々の武器を握り直し、慌てて俺を取り囲んできた。
先ほど同様、縮地を使えば簡単に抜けられるが――
「ふむ。全員が戦闘系の【上級職】と言ったな」
俺はそのまま真っ直ぐ普通に歩いていった。
直後、四方八方から様々な武器で攻撃が繰り出されてくる。
「「「なっ!?」」」
俺はその悉くを右手の手刀一本で弾いていった。
「な、なぜだっ!? 貴様は《無職》ではないのかっ!?」
「《無職》だが?」
「ならば一体どうやって防いでいる!?」
「普通に手で」
「そんなことできるわけないっ!」
「いや現にやってみせているだろ?」
俺はあっさりと包囲を突破していた。
「それにしても、やはり剣の都市の【上級職】と比べれば数段劣るな」
どうせ【上級職】であることに胡坐をかいて、訓練を怠っていたのだろう。
「剣の都市……?」
「そ、そういえば聞いたことがある……。数年前、《無職》でありながら、剣の都市の頂点に立った少年がいたと……」
「それは恐らく俺のことだな」
「う、嘘を吐くな! あんなのはただの噂のはずだ!」
「そんなことできるはずがない!」
「まぁ信じないならそれで構わないが」
彼らを後目に俺は廊下へと出た。
すぐ近くがバルコニーのようになっていたので、ちょうどいい。
飛行魔法で空へと舞い上がる。
このまま都市を出てしまうとしよう。
「あ、あれは緑魔法!?」
「魔法も使えるというのか!?」
「くそっ、逃げられてしまうぞ!」
「いや、心配するな! 空ならあいつらの領域だ! すぐに出動させろ!」
都市の外へと向かって飛んでいると、背後から何かが急接近してきた。
「オアアアアアアアッ!」
雄叫びを上げたそいつはドラゴンの一種であるワイバーンだ。
その背中には槍を持った人間が乗っている。
「《竜騎士》か。あるいはただの《調教師》か」
それが全部で三セット。
どうやら俺を追いかけてきたらしい。
是が非でも逃がさないつもりだろう。
ドラゴンにしては小柄だが、飛行能力に特化したワイバーンだ。
猛スピードで空を翔け、見る見るうちに追い付いてきた。
「逃げでも無駄だ!」
「大人しく捕まればこいつらの餌にならずに済むぞ!」
乗り手たちが忠告してくる。
「ふむ。捕まえられるものなら捕まえてみればいい。飛行魔法については俺もそれなりに自信がある」
俺は加速した。
縮まりつつあった距離が再び開き始める。
「ば、馬鹿なっ、なぜ追い付けない!?」
「こっちはワイバーンだぞ!? くそっ、もっと加速しろ!」
「クエエエッ!?」
まぁこんなものか。
俺はそのままワイバーンを引き離し、都市からおさらばしたのだった。
◇ ◇ ◇
「なぜだっ……? なぜあいつにおれのスキルが効かなかった……!」
目を覚ました領主――グレッゾは、癇癪を起したように野太い腕を机に叩きつけた。
都市の頂点に君臨するはずの自分を殴った男を、みすみす逃がしてしまった忌々しさ。
しかしそれ以上に、酷い動揺を覚えていた。
彼にとって、〈絶対命令〉は絶対的なものだったのだ。
下級貴族の三男坊として生まれ、誰からも将来を期待されていなかった自分がこうして都市のトップにまで上り詰めることができたのは、《大領主》という職業を与えられ、〈絶対命令〉なる最高のスキルを習得したからである。
さらには都市の仕組みを、現在のような厳しい階級制へと作り変えることもできた。
なのにそのスキルが効かない相手が現れたとなれば、屋台骨が揺らぐほどの大問題である。
無論、あの男だけが例外に違いないが、あの様子を見ていた者たちには厳しい箝口令を出し、絶対にこの事実を市民に知られてはならなかった。
「りょ、領主様! 大変です!」
そのとき血相を変えた兵士が駆け込んできた。
グレッゾは苛立って怒号を上げる。
「大変だとっ? 今おれは最も重要なことを考えているところだ! それ以上に大変なことなど、あるはずが――」
「皇国ですっ! 皇国の部隊がこの都市に攻め込んできたんです!」
「――な、なんだと?」
皇国が都市を落とすために差し向けたのは、僅か十数名ほどの小さな部隊だった。
だがそれがいとも容易く都市内へと侵入したかと思うと、敵を次々と撃破してあっという間に領主の城にまで辿り着く。
そして気づけば彼らは領主と対峙していた。
「私は皇国八将軍が一人、エレネラと申します。陛下の命を受けて、こちらの都市を我が国の支配下に置くために参りました。あなたがこの都市の領主グレッゾ殿と見受けられますが」
背の高い銀髪の美女が、部隊を代表して名乗る。
ここまで激しい戦闘を経ているというのに、汗一つ掻かず涼しげな顔をしていた。
しかもその周囲では、この都市の兵士たちが呻きながら倒れている。
「……いかにも、おれが領主グレッゾだ」
「単刀直入に申し上げましょう。我が国の傘下とした場合、それまでの領主が有能であれば、そのまま都市のトップに置いておくこともあります。ですが、これまでの政治を調査させていただいた結果、今回は到底それに相応しいケースではないと判断いたしました。ゆえに早急にその座を明け渡していただくようお願い申し上げます」
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