第4話 もちろん死刑だ
俺が治安維持隊とやらによって連行された先は、この都市を治めている領主の城だった。
この地域では珍しい白大理石をふんだんに使い、あちこちで金銀宝石が煌めいている。
いかにも己の権力を誇示しましたといった豪華絢爛さだ。
城内に入ると、窓のない小さな部屋へと連れていかれた。
手足の自由を奪われていないのは、《無職》程度には何もできないと高をくくっているからだろう。
「準備ができるまでここで待機していろ」
部隊のリーダー格と思われる立派な髭の男が、威圧感のある声で告げてくる。
「貴様はこれより領主様による裁定を受けることになる」
「なるほど」
「この都市の人間でない貴様は知らないかもしれないが、唯一の第一等級であらせられる領主様の職業は《大領主(マグナート)》だ。下手な気を起こしても無駄だと知るがいい。なぜなら《大領主》のスキル〈絶対命令〉には、何者も逆らうことができないからだ」
「ふむ」
恐らくはその名の通り、相手に強制的に命令を実行させるスキルだろう。
この都市の大半が下位等級の人間たちであり、不当な差別を受けているにもかかわらず、誰もそれを是正しようとはしていないのも頷ける。
そんなスキルがあるのなら、反乱を起こすこともできないわけだ。
ちなみに連行されたのは俺だけで、靴を踏んだことを咎められていた店主の娘は見向きもされなかった。
あの第二等級だという男も俺を罵倒し、嘲笑するだけだったし、顔面をぶん殴られたことで少女のことを忘れてしまったのだろう。
しばらくして、再び俺は城内を移動させられた。
やってきたのは一際豪奢な部屋だった。
その奥。
玉座めいた椅子に腰かけているのは、四十前後の男だった。
背はあまり高くない。
だが横幅が広いせいで、かなりの巨漢だ。
腹周りが異様に大きく、酷い贅肉のせいで首がほとんど見えない。
要するにめちゃくちゃ太っていた。
なのに痩せる気はさらさらないようで、椅子の傍に置かれた台座の上には、大量の果物や肉が乗った皿が置かれている。
部屋に入ってきた俺には見向きもせず、骨付き肉を豪快に貪っていた。
近くに侍らせていた美女に食い終わった骨を渡すと、脂ぎった指を舌で舐めながらこちらを向いた。
そこで初めて治安維持隊が口を開く。
「領主様。件の男を連行してまいりました」
「うむ、ご苦労」
領主は偉そうに頷くと、俺を見下ろして鼻を鳴らす。
「ふん。第六等級か。もちろん死刑だ、死刑。おれが定めた法律に逆らったらどうなることか、市民どもにできる限り知らしめるやり方がいい。そうだな……足に縄を巻きつけて、馬にでも引かせるか。死体はしばらく広場において鳥に食われるに任せればいい」
どうやらあれだけで死刑らしい。
「ははははっ! それみたことか! 第二等級の僕に危害を加えたらどうなるのか、これで分かっただろう!?」
背後から笑い声が聞こえてくる。
ちらりと振り返ると、心底嬉しそうなあの男の姿があった。
裁定を見にきたようだ。
『ご主人サマ、もしかして大人しく受け入れるつもりです?』
「そんなわけないだろう」
『ですよねー』
「おい、何で残念そうなんだ?」
マティの首を締め上げつつ、俺は踵を返した。
「郷に入れば郷に従えとも言うし、この都市のルールだというなら一応付き合ってやるかと思ってここまできたが、やはり従う必要のない裁判だったな。悪いが帰らせてもらう」
治安維持隊がすぐに俺を取り囲んでくる。
「貴様っ、領主様の裁定に逆らうつもりか!」
「もちろんそのつもりだが?」
「ははははっ! どうやら度し難いほどの馬鹿らしいな! 《無職》のお前に何ができるというんだ! 治安維持隊の隊員たちは全員が第三等級、戦闘系の【上級職】だぞ!」
俺は〝縮地〟を使って彼らの包囲網を抜けた。
「……え?」
「い、いない……?」
姿が突然消えたため唖然としている。
「っ! い、いたぞ! あそこだ!」
「一体どうやって!?」
こちらに気づいたときには、俺はもう部屋の出口の近くにいた。
「
そのとき領主の〝力ある言葉〟が響く。
俺の身体が硬直した。
どうやら〈絶対命令〉を使ってきたようだ。
「
続くその言葉を受けて、俺の身体はまたしても意思に反して勝手に動く。
自ら治安維持隊の方へと戻っていった。
「なるほど確かにこれは抗いがたいな」
思っていた以上の強制力だ。
抵抗しようとするが、その意志すらも奪われてしまったかのように、そもそも抵抗する気力が湧いてこない。
だがこれならどうだ?
俺は人格を切り替えてみた。
「ぶごっ!?」
俺を拘束しようと近づいてきた隊員の一人を蹴り飛ばす。
「なっ? ば、馬鹿なっ。なぜ領主様の命令が効いていない!?」
「それにこの男、《無職》ではなかったのか!? 何だ今の蹴りは!」
ふむ。
やはり人格を変えると〈絶対命令〉の強制力から逃れられるらしいな。
「て、
「っ……」
再び領主の〈絶対命令〉が飛んでくる。
すぐにまた人格を切り替えたが、その数には限りがある。
「先に領主を倒すか」
俺は地面を蹴った。
〈縮地〉の上位スキル〈神足通〉――の模倣だが――で、領主の目の前へ。
「は?」
相手からすれば俺が空間でも飛び越えた様に見えたかもしれない。
間抜けな面を晒している領主の分厚い腹へ、俺は拳を叩き込んだ。
「ひでぶぅっ!?」
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