第3話 こうなるわけか

 どうやらあの少女が店主の娘らしい。


「メリア!」

「お、お父さんっ」


 店主が慌てて駆け寄っていく。

 そして娘を鞭で打とうとしている男に詰め寄った。


「娘に何をする気だっ!?」

「なるほど、この女の父親か」


 男は不敵に鼻を鳴らす。

 頭髪が薄くなりかけているが、年齢は二十代半ばといったところだろうか。

 明らかに良い身なりをしていて、傲慢そうな雰囲気を全身から醸し出している。


「これを見たまえ」


 男は自分の足元を指差した。

 しかしそこには何もない。

 せいぜい高そうな靴に泥がついている程度だ。


「この女に新調したばかりの靴を踏まれたんだ。聞けば、第六等級というじゃないか。第二等級のこの僕が第六等級の女に足を踏まれる。とんでもない屈辱だよねぇ」


 男は如何にも嘆かわしいといったふうに言う。


「なっ……」


 一方、第二等級という言葉に店主は怯んだようだった。


「だからこいつにお仕置きをしようとしていたところなのさ」

「お、お願いだっ……いえ、お願いします! どうか、寛容な処置を!」


 店主は慌ててその場で跪くと男に頭を下げて嘆願する。

 それを見て、男は楽しげに喉を鳴らした。


「そんなわけにはいかないよ。今後のためにも、ここはしっかりと見せしめにしておかなければねぇ。第六等級が第二等級に無礼を働いたら、一体どうなるかってことをさぁ」


 男はニヤついている。

 大義名分めいたことを語っているが、ただ嗜虐的なことが好きなだけだろう。


「ち、違いますっ! 私はっ……私は足を踏もうとなんてしてませんっ! 急に足を出してきて……!」

「おや? まさか僕のせいにするというのかい? 第六等級の分際で?」


 男が少女の身体を蹴った。


「っ……」


 華奢な身体が倒れ込む。

 不運なことにそこは雨で酷くぬかるんでいた地面で、少女の身体が泥に汚れた。

 というか、そうなることを分かった上であえてそちらに蹴り飛ばしたのだろう。


 そして男は鞭を振り上げた。

 少女は身を竦める。

 ヒュッという空気を切り裂く音が響き、彼女の身体に鞭が振り下ろされた。


 ――パシッ。


「ん?」


 鳴り響いた音が意外と小さかったせいか、男が眉根を寄せる。

 そしてすぐに少女を挟んで反対側に立つ俺の存在を察して、


「……何だ、お前は? いつの間にそこに……なっ?」


 鞭の先端を俺が指先で摘まんでいることに気づき、男は息を呑んだ。


「む、鞭を受け止めた……? い、いや、そんなことができるはずはない」


 頭を振って自分の推測を否定する男だが、何も間違っていない。

 少女の身体を打つ前に接近し、掴み取っただけだ。


 一般的に、しなりの力によって鞭の先端は剣よりもずっと速度が出るものだが、この男の非力ではたかが知れている。

 指先だけで掴むくらい、造作もないことだった。


「第六等級が第二等級に無礼を働いたらどうなるか、教えてくれると言っていたな?」


 軽く腕を引いて男から鞭を奪いつつ、俺は問う。


「そ、それがどうしたっ?」


 男は明らかにビビりながらも強がって俺を睨んでくる。


「俺の職業は《無職》。つまり、俺も第六等級だ」

「っ……」

「ぜひ教えてくれ。例えば、第二等級の顔面をぶん殴って鼻血を噴出させてみたら、どうなるのかを」


 俺は男の顔に拳を叩き込んだ。


「ぶごおおおっ!?」


 五、六メートルほど吹っ飛んでいき、男は近くの露店に叩きつけられる。

 商品が辺りに散乱した。


「気を失ったか」


 男は白目を剥いて気絶していた。

 鼻からは大量の血がドバドバと溢れている。

 もちろん怪我を肩代わりしてくれる加護はすべて無くなっている。


 こういうふうにちょうど鼻血が出るくらいの塩梅でダメージを与えるのは意外と難しい。

 強すぎると死んでしまうし、弱すぎると加護によって肉体は損傷を受けないしな。


「ま、マジかよ、あいつ……」

「第六等級が、第二等級にあんなマネしたら……」


 集まってきていた野次馬がざわついている。

 店主とその娘も唖然としていた。


 どうやらこの都市では、それくらい、下位の等級の人間が上位等級に刃向うことがあり得ないことなのだろう。

 まぁ知ったことではない。


「おい、起きろ」


 俺は男に加護を回復させる聖水をぶっかけてやると、頬に往復ビンタを叩き込む。


「ん……」


 意識を取り戻したらしく、男はゆっくりと瞼を開いた。


「起きたか」

「ひぃっ?」


 俺の顔を見るなり、引き攣ったような声を鳴らして飛び起きる。

 それから慌てて二、三メートルも距離を取った。


「き、き、貴様ぁっ! こんなことをして、タダで済むと思うなよっ!?」


 男は声を荒らげるが、完全に腰が引けていた。


「だからどうなるのか教えてくれと言っているだろう?」

「こここ、こっち来るなっ!」


 俺が一歩足を足を踏み出すと、男はさらに二、三歩後退した。


 と、そのときだ。


「ち、治安維持隊がきたぞ!?」

「やばい、とばっちりを受けちまう前に逃げろ!」 


 そんな声が聞こえてきた。

 すると男が急に勢いづいて笑い出す。


「は、ははははっ! 治安維持隊がやってきたようだぞ! これでお前も終わりだな!」


 直後、慌てて逃げていった野次馬たちに代わって武装した集団が現れる。


「治安維持隊だ! 上位等級へ暴力行為を働いた者はどこだ!」

「こいつだよ! こいつがっ……第六等級のこいつが第二等級の僕を殴りやがったんだ!」


 すぐに俺は取り囲まれてしまった。


「なるほど、こうなるわけか」

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