第2話 味だけは自信があるんだがね

「第四等級未満はお断りだ!」

「第六等級なんかに食わせるメシはないね!」

「うちは第二等級以上専門の高級店だ! とっとと帰れ!」


 それからさらに何店か巡ってみたが、どれもこれも門前払い。

 どの店も必ず等級を聞いてくる上に、第六等級でも食事ができる店がまったく見つからないのだ。


「どうしたものか」


 もしかしてそもそも第六等級が入れる飲食店が存在しないのではないかと思い始めた頃、一軒の店を見つける。

 果たして開店しているのだろうかと疑問を抱いてしまうくらい、ボロい店だった。


「ここでダメならダメだろうな」


 これで最後にしようと思いつつ、俺は店内に入った。

 すでに昼時を過ぎているせいか、客は一人もいない。


「……ん? いらっしゃい」


 店の奥の席で舟を漕いでいた中年男性が、俺に気づいて目を覚ます。

 恐らく彼が店主だろう。


「第六等級なんだが」

「……第六等級?」


 男は目を瞠った。


「ここで食べることはできるか?」

「……ああ。ちょっと待ってな」


 男は頷いて立ち上がると、エプロンをつけ直して厨房へと入っていく。


 ようやく見つけることができた。

 俺は近くの席に腰掛けると、適当な定食を頼んだ。


 しばらくして料理が運ばれてくる。

 豚の挽肉をキャベツの葉で包み、トマトスープで煮込んだ一品だ。

 適度に酸味の利いた香ばしい匂いが鼻腔を擽る。


「美味い」


 口に入れるなり、肉汁が溢れ出してきた。

 キャベツにもしっかり味が染み込んでいるし、トマトの酸味もちょうどいい。


「ありがとよ。味だけは自信があるんだがね。客入りはこの有様さ」


 どうやら客が少ないのは普段かららしい。


「なぜだ?」

「そりゃあ、第六等級でも飯が食える店に客は寄りつかねぇさ」


 店主は当然のことのように言って、肩をすくめてみせた。


「って、お前さん、どう見ても都市の住民じゃなさそうだな。たぶんうちの店を探すまでに苦労して薄々感づいたろうが、職業によって第一から第六等級にまではっきりと区別されて、低い等級の人間は色んなところで差別をされる。そういう都市なんだよ、ここは」


 この都市では、すべての職業が必ずどこかの等級に割り当てられているらしい。


 それであの門兵が忠告してきたのか。

《無職》の俺は、最底辺の第六等級になるため、ほとんどの店に利用することすらできないことを知っていたのだろう。


「上位等級の人間にとっては天国みたいな都市だが、下位等級の人間には地獄さ。なにせ都市の外に出ることすら、禁止されているんだからな。まさに奴隷と同じだ」


 職業による差別は珍しいものではない。

 だがここまであからさまな、というか、都市自体が推進しているようなケースは初めてだ。


「お前さんには悪いが、第六等級に至っては人間扱いすらされねぇ。何か悪い病気でもうつされると思ってんのか、近づくことも嫌がられるほどだ」

「だったら何で第六等級でも入れるようにしたんだ?」


 俺の問いに、店主はしばし苦いものを飲み込んだような顔をして、


「……娘も第六等級なんだよ」


 それから堰を切ったように、店主は怒りをぶちまけた。


「あいつは他の人間と何も変わらねぇ! 見た目も可愛いし、他人の気持ちを思いやれる優しい子だ! 十歳になるまでは客からも好かれる人気者で、近所のガキどもから告白されたことだって一度や二度じゃなかった! なのにっ……女神から与えられた職業が《無職》で、第六等級になった途端、どいつもこいつも掌を返したように……っ! あいつ自身はそれまでも何も変わってねぇってのによぉっ!」


 ふむ。

 店主の娘も俺と同じ《無職》なのか。


「……けど、希望はある」

「希望?」

「ああ。お前さん、〝皇国〟って知ってるか?」

「いや、聞いたことないな」

「ほんの数年前にできたばかりだってのに、今や各地を次々と支配下に置いて大国になってる国があるんだ。そこではどんな不遇な職業でも平等に扱われるばかりか、むしろ手厚い保護をしてくれるらしいんだよ。娘にとってはまさに夢のような国だ」


 そんな国があるのか。

 確かに職業のために苦労している人間にとってはありがたいだろう。

 まぁ俺には関係ないがな。


「今すぐにでも行きたいところだが、生憎と第六等級の市民には都市の外に出る権利がない。だがその国はもうすぐ近くまで勢力を伸ばしてきていて、次はこの都市を狙っているって噂だ。上位等級の人間に聞かれたらヤバイが、俺は一刻も早く攻めてきてほしいと思ってる」


 と、そこで店主は何かに気づいたように顔を上げた。


「……おかしいな? そろそろ帰ってきて良い頃だと思うが」

「その娘のことか?」

「ああ。市場に買い出しに行ってもらってるんだが……」


 店主は不安げに眉を歪める。


「心配なら見に行ったらどうだ? ご馳走様」


 店主の話を聞いている間に食べ終わっていたので、そう提案しつつ俺は代金を支払った。







 俺は店主と一緒に市場にやってきた。

 多くの露店がずらりと並んでいる。

 大勢の人が行き交い、なかなかの賑わいだ。


「それでも第六等級が買える店となると、ほんの数店しかないんだがな」


 店主が不満そうにぼやいたときだった。


「ごめんなさいごめんなさい許して下さい!」


 声の方へと視線を向ける。

 十六歳くらいの少女が、若い男に頭を下げて必死に謝っていた。

 男の手には鞭らしきものがあり、今にも少女を打擲しようとしている。


 店主が血相を変えて叫んだ。


「メリア!?」

「……っ? お、お父さん!」

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