第三章
第1話 ここはそういう都市なのだ
魔法都市を出た俺は、予定通り故郷へと向かっていた。
空を飛んで。
せっかく飛行魔法を覚えたので、これを使わない手はない。
街道をえっちらおっちら馬車で進むより遥かに速いしな。
単純な速度だけでなく、真っ直ぐ進めることも大きい。
街道は途中の森や山などを迂回しているため、その分どうしても走行距離が伸びてしまう。
空を飛んでいけば、橋の架かっていない川すらも通過できる。
これなら行きの十分の一くらいの時間で済みそうだな。
「……む? 都市だ」
俺は前方に都市を発見する。
記憶にないので、恐らく往路では立ち寄らなかった都市だろう。
魔法都市と比べると小さな都市だが、それでも立派な城壁に護られており、人口は数千人といったところか。
せっかくなので、俺は寄っていくことにした。
お腹も空いてきたし、腹ごしらえをしておきたい。
食糧は十分に持っているが、保存食ばかりだと飽きてくるしな。
着陸する。
都市の多くは入場料を徴収している。
空から都市に入れば払わずに済むかもしれないが、さすがにそういうわけにはいかないだろう。別に金に困っているわけでもない。
「ふむ。門が二つあるな」
俺は思わず足を止めた。
どちらも都市内に入るために設けられた門だろう。
しかしその造りはまるで違っていた。
片方は何十人も並んで通り抜けられそうな立派なもので、美しいアーチを描いている。
天井も高く、よく見ると壁には見事な彫刻が施されていた。
もう一方は、二人が同時に通ろうとすると肩がぶつかってしまいそうなほど手狭だ。
天井も低く、長身だと屈まなければならないかもしれない。
何の装飾も無く、ただ四角い穴を掘りましたといったみすぼらしい感じである。
いずれも入場のための審査が行われているが、立派な方の門は空いていて、人がすいすい通っていく。
ほとんど並ぶこともなさそうだ。
逆にみすぼらしい方の門には行列ができていた。
「これは一択だな」
俺は立派な方の門へと向かう。
それにしてもなぜわざわざ行列に並んでいるのか?
そのとき門兵に呼び止められた。
「旅の者か?」
「そうだが」
「ならば入場料が必要になる。職業は?」
なぜかいきなり職業を聞かれてしまう。
別に答えるのは構わないのだが、随分と不躾だな。
訝しげにしていると、
「答えられなければ都市に入ることはできない。それと虚偽申告は重罪だ」
「重罪? その程度で?」
「ここはそういう都市なのだ」
ふむ。
答えないと門前払いだというのなら仕方がない。
「《無職》だ」
俺がそう告げると、門兵は一瞬、唖然とした顔になって、
「……それは本当か?」
「本当だ。何なら鑑定書も見せるが?」
「いや、どのみち入場の際に鑑定されることになるから必要ない」
都市に入るのにわざわざ鑑定まで求めるのか。
いちいち大変なことだが、恐らく犯罪者の滞在を事前に防ぐためだろう。
「都市に入るなら向こうの門からだ」
そう言って門兵が指差したのは、みすぼらしい方の門だった。
「もう一つの門の方が空いているようだが?」
「生憎とそちらからは入れない。別に行ってみても構わないが、追い払われて二度手間になるだけだ」
「そうなのか」
奇妙な話だが、嘘を吐いているようには見えない。
こんなことで嘘を吐いても仕方がないだろうしな。
「それより悪いことは言わない。ここはお前にとって居心地のいい都市ではないだろう。できることなら次の都市を探した方が良い。……それでもどうしてもというのなら、好きにすればいいがな」
門兵はそう忠告めいたことを言い残して去っていった。
どういうことだろうか?
まぁ考えても仕方ない。
むしろ逆に気になってきたので、俺は言われた通りみすぼらしい門の行列に並んだ。
いちいち入場者を鑑定しているせいで、なかなか進んで行かない。
どうやら鑑定具と呼ばれる魔導具を使っているようだが、これは稀少な魔導具。
大きい方の門には複数あるが、こちらには一つしかないらしい。
四十分ほど待って、ようやく順番が回ってくる。
「職業について鑑定させてもらいます」
「ああ」
「……っ、これは……」
鑑定結果を見た審査官が息を呑む。
それから「ふっ」と鼻で笑って、
「ではこちらが短期滞在者用のカードになります。入場料は銀貨三枚です」
俺はカードを受け取りつつ、入場料を支払う。
カードをよく見ると、短期滞在者(第六等級)という文字が記載されていた。
「この等級というやつは?」
「この都市における身分のようなものです。短期滞在者であっても例外なく、必ず等級が設定されることになっています」
変わった制度だなと思いながら、俺は狭苦しい門を潜って都市の中へと入った。
見た感じ、ごく普通の街並みだ。
しかし多くの人たちが俯きがちで、何かに怯えるように道を歩いていた。
その一方で、やけに傲慢そうに肩で風を切っている者もいる。
なんというか、ちぐはぐな印象だ。
同じ都市の住人とは思えない。
「……ククク、醜い人間の欲望で溢れてやがる。悪魔にとっては最高の街だぜェ」
マティが何やら楽しげに呟いている。
とりあえず飲食店を探そうと、俺は歩き出した。
すぐに店を発見する。
小奇麗で、どちらかというと女性層に人気のありそうな店だ。
腹も空いているし、どこでもいい。
そう思ってこの店に決め、中に入ると、
「ああ? 第六等級だって? ダメダメ。うちは第三等級以上しか入れないんだよ」
追い出されてしまった。
「ギャハハハッ、門前払いされてやんの――ぎゃあっ!?」
マティの胴部を握り締めつつ、俺は呟く。
「……等級による入店制限があるのか」
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