第47話 何だか身体が透けているような
「思った通り〝プルル〟は害虫駆除やごみの処理に便利だな」
久しぶりの掃除で出てきたゴミや埃、虫の死骸なんかを、どんどん吸収していってくれる。
お陰でわざわざ捨てに行く必要がない。
ぷるぷるぷる!
ぽんぽんと頭(?)を撫でてやると、プルルは身体を左右に大きく揺らして喜んだ。
俺は隷属させた魔界のスライムにプルルと名付けていた。
最初は反抗的だったが、今ではすっかり懐いてくれている。
「同じペットでも、俺に報復することばかり考えているマティとは大違いだな」
「ご主人サマ、決してそのようなことはありませんヨ?(……誰がペットだ、このクソ野郎!)」
「今、誰がペットだ、このクソ野郎って聞こえたんだが」
「きっと気のせいデス」
プルルは色々と吸収して大きくなってしまったので、消滅魔法で身体の半分くらいを消し飛ばす。
「こうしないと無限にデカくなっていくからな」
「てか、このスライム、何でこんな酷いことされてるのに懐いてるんデスかね……?」
「と言っても、スライムだから痛みは感じないぞ」
「そういう問題じゃない気も……」
そのとき、ドンドンドン、と扉を叩く音が響いた。
「マティ」
「……へいへい」
マティが鍵を開けると、物凄い勢いでドアが開いた。
「ぶげぇっ!?」
ドアのスイングでマティが吹っ飛ばされる。
「よかった! まだいた!」
血相を変えて部屋の中に駆け込んできたのは、カイト、クーファ、コレットの三人組だった。
「師匠! 赤の学院を辞めちゃうって本当っすか!?」
「青の学院もなの!? 寮の部屋に行ったら、何もなくなっててびっくりしたんだけど!」
「もしかしてこの部屋も引き払っちゃうんですか!? じゃあ、緑の学院も……」
どうやらどこからか情報を聞きつけたらしい。
俺はすでに赤の学院と青の学院の寮で借りていた部屋を片付け終え、現在はここ緑の学院の部屋を整理している途中だった。
六つの学院を順番に回りながら生活していたので、当然ながら去る前にそのすべてを片付けないといけないのだ。
「というか、すべての学院を辞めるつもりだ。そもそもこの都市から出ていくんだからな。もうここでやれることはなさそうだし」
図書館の本はすべて読み切ったし、消滅魔法も使えるようになった。
これ以上は魔法都市に居ても学べることはないだろう。
「そんなぁ……まだおれ、師匠から教わりたいことがたくさんあったのに……」
そもそも俺は師匠になった覚えがないのだが。
「まぁそのうち機会があったら立ち寄ることもあるだろう」
「こ、これからどうされるんですか……?」
「とりあえずいったん実家に帰る」
黙って一年も離れていたのだ。
妹のミラが怒ってそうだし、一緒にお風呂に入ってやらないとな。
そして十分慰めた後、
「魔物都市に行くつもりだ」
「魔物都市、ですか……?」
「それって確か、世界中の魔物が集まるっていう都市っすよね?」
「そんなところに何をしにいくのよ?」
不思議そうにしている三人に、俺は言った。
「次は魔物調教師を目指してみたいと思っているからだ」
「「「え?」」」
◇ ◇ ◇
「都市を出て行った!?」
悲鳴じみた声で叫んだのは、魔法都市の市長、ノエルだった。
「一体どういうことですかっ? 彼ほどの魔法使いがっ……《魔導神》だと言われている彼がこの都市を去るなんて、どう考えてもあり得ないでしょう!?」
普段は冷静な彼が声を荒らげ、居並ぶ学院長たちを問い詰める。
それもそのはず。
幻の【超級職】とされる《魔導神》に至った魔法使いが現れたことで、各地から大勢の観光客が訪れることになるだろうと試算していたのだ。
その経済効果は計り知れず、都市の経済に責任を市長にとっては大きなチャンスだったのである。
「まぁ落ち着けや。そもそもあいつが《魔導神》じゃねぇってことは、鑑定してしっかり確認したじゃねぇか」
そう言って珍しく宥め役に回ったのは、赤の学院のレッドラ学院長だ。
「事実はどうでもいいんですよ! 大事なのは、彼が《魔導神》かもしれないという噂です!」
ノエルは反論する。
「いずれにしても、彼が自ら退学すると言ってきたのです。学院側にそれを止める権利はありません」
とは、青の学院のブルーナ学院長。
「そ、それを何とかするのがあなた方の仕事でしょうがっ……!」
「いいえ、それは学院長の仕事ではありませんわ」
白の学院のホワイト学院長が突っ撥ねる。
「確かに我々にとっても、彼のような魔法使いを放出してしまったのは大きな痛手だ。だがそれも仕方のないことだろう。なにせ、我々が彼に提供できることは何もないのだ」
緑の学院のグリン学院長が諭すように言う。
「かかかっ、残念ながら儂らが束になってもあやつには敵わぬからのう」
黄の学院のイエロア学院長が快活に笑う。
「……み、皆の、言う通りだ……。しかし、ノエル市長……心配は、無用だ……。なぜなら、これからは我ら六つの学院が……か、過去のしがらみを取っ払い……互いに手を取り合うのだから……。あ、新たな《魔導神》の誕生も……そう遠くはないだろう……」
そして黒の学院のブラグ学院長がいつになく熱く語った。
「……分かりましたよ。ですが、そのためには新たな仕組みを考えないといけません。これから忙しくなりま――――って、ブラグ学院長!?」
ノエルが頓狂な悲鳴を上げた。
学院長たちが座る六つの座席。
そのうちの一つは空席になっていたはずだった。
黒の学院の学院長が行方不明になっていたせいである。
「も、戻ってこられたんですね? だったら先に言ってくださいよ。もしかして亡くなられたのかと思って、心配してたんですから。けど、さっきまでいなかったのに、いつの間にそこに……。あ、あれ? 何だか、身体が透けているような……」
ブラグの身体は確かに薄らと透けていた。
腹部から、椅子の背もたれが微かに見えてしまっている。
「くくくく……わ、私ほどになれば……あの世から戻ってくることくらい……た、容易いことだ……。ただし……に、肉体は……失って、しまったがな…………くくくく……」
「ま、まさか……」
ノエルの背筋をぞっと寒いものが通り過ぎた。
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