第7話 ではお言葉に甘えて
ワイバーンの追っ手を撒いて都市を出た後は、のんびりと空の旅を楽しんでいた。
別に急いで実家に帰る必要はないしな。
特に仰向けになって広い空を眺めながら飛ぶのが気持ちよかった。
ちょっと頭を上げると、天地が逆さまに見えるのも面白い。
たまに鳥系の魔物が襲ってきたりするが、手刀から放つ〝飛刃〟で近づく前に片づける。
気づけば空が茜色に染まり、やがて夜になっていた。
星空を見ながら夜通し飛び続けてもいいのだが、できれば今日は宿を借りたい。
日中ずっと晴れていて陽射しが強く、汗を掻いてしまったので身体を洗っておきたかった。
水浴びでもいいが、できれば浴場があるところがいい。
そんなことを考えていると、ちょうど都市が見えてきた。
昨日のような面倒な都市でなければありがたいと思いつつ、俺は地上へと降り立った。
職業によって格付けされたり、利用できる門が違ったりすることもなく、普通に街に入ることができた。
早速宿を探そう。
「ん?」
そのときふと視線を感じて、俺はそちらの方角を見た。
「りんごは要りませんかー? 甘くて瑞々しい美味しいりんごですよー」
どこにでもいそうな町娘が、道行く人々にりんごを売っていた。
駕籠の中のりんごは赤々としていて、確かに美味しそうだ。
「気のせいか」
◇ ◇ ◇
「お買い上げありがとうございまーす」
初老の男性にぺこりを頭を下げながらも、りんご売りの少女は目端でとある青年の後姿を追っていた。
「カエデ様、カエデ様。こちら、都市レーエンのサクラです。たった今、都市の入り口にて、ターゲットと思しき人物を目撃しました」
それから手で口元を隠しつつ、小さな声で呟く。
その内容はまるで、ここにはいない誰かへと報告をしているかのようだった。
『本当?』
「はい。聞いている特徴と高い精度で一致しています」
『……エレネラによると一日前にカリオンにいたはず。レーエンまでは馬車で三日はかかる。それでも間違いない?』
「た、確かに……。ま、まだ外見確認のみですので、早急に名前および職業を調査いたします!」
『ん、分かった。何か分かり次第、随時報告して』
「畏まりました!」
◇ ◇ ◇
適当に歩いていると道沿いで宿を発見した。
中に入ってみると、まだせいぜい七、八歳くらいの女の子が駆け寄ってくる。
「いらっしゃいませ! 一名さまですかっ?」
実家のお手伝いだろうか。
年齢の割になかなかしっかりしている。
「ああ。その前に、この宿、風呂はあるか?」
「もちろんです! おっきな浴場がありますよ! お兄ちゃんでも泳げちゃえます!」
元気に応えてくれる。
恐らくは家族経営の小さな宿だったので正直あまり期待していなかったのだが、広い浴場があるらしい。
そんな俺の内心を察したのか、
「この街は温泉が湧いてるんです! だからどこの宿でも浴場は当たり前なんです!」
「なるほど」
納得する。
「あっ、でもだからって他の宿に行かないでほしいです! 建物は小さいですけど、温泉だけは広いので!」
慌ててそう付け加える女の子に、俺は言った。
「じゃあ一泊させてもらおう」
「ありがとうございます! お食事はどうされます? うちは料理も評判なんですよ!」
「ならもらおうか。風呂の後でいい」
「はーい! 一名さまご案内でーす!」
部屋に案内してもらったあと、俺はすぐに浴場へと向かった。
◇ ◇ ◇
「あっ、いらっしゃいませ! 一名さまですか?」
「……つかぬことを伺いますが、先ほど〝アレル〟という名の青年がこの宿に来ませんでしたか?」
「え? あ、はい。さっきのお兄ちゃんのことですね?」
女の子は宿泊者名簿を確認する。
そこには〝アレル〟という名前が書かれていた。
「職業については聞かれてますか?」
「あの、そこまでは……」
「そうですか。いえ、何でもありません。ところで部屋の空きはありますか?」
「あ、はい!」
「では一泊させてください。食事は要りませんので」
「分かりました! また一名さまご案内です!」
「カエデ様。都市レーエンのサクラです。たった今、名前は〝アレル〟で間違いないことが確認できました。職業については未確認です。調査を続けます」
『了解』
◇ ◇ ◇
「あ~、生き返る……」
温泉に浸かると思わずおっさん臭い声が漏れた。
まぁ俺もあと少しで二十歳になるわけだし仕方がない。
宿の女の子が言っていた通り、かなり広い湯船だった。
それも露天風呂だ。
熱さもちょうどよく、気持ちがいい。
「しかし俺以外に客がいないな。少し時間も遅いし、もう入り終えたのか」
お陰で貸切り状態だった。
ちなみに混浴らしい。
『ククク、残念だったなァ、女の裸を期待してたのあばばばばっ!?』
マティを湯の中に沈めて遊んでいると、誰かが近づいてくる気配を感じた。
すぐに浴室に若い女性が入ってくる。
「ご一緒させていただいてもよろしいですか?」
「ああ、構わないぞ。ここは混浴だそうだしな」
どうせ湯煙が強いのであまり見えないだろう。
「ではお言葉に甘えて……」
広い湯船の中で、彼女はちょうど俺と向かい合う逆側へと腰を落ち着けた。
「いいお湯ですね」
「む? ああ、そうだな」
気さくに訊ねられ、俺は応じる。
「この街には何度か?」
「いや、初めてだ。温泉が湧いているというのも初めて知った」
「そうですか。私は普段はカリオンという都市に住んでいるのですが、ここの温泉が好きで時々足を運んでいるんですよ」
「カリオン?」
どこかで聞いたことのある名前だ。
「ええ。ご存知ですか?」
「聞いたことがあるようなないような」
「……とても職業差別の厳しい都市です」
「ああ、あそこか」
つい昨日立ち寄ったところじゃないか。
「もしかしていらっしゃったことが?」
「あるぞ。つい昨日のことだが、少々面倒な目に遭ったから早々に出させてもらった」
「……昨日」
俺の言葉を、彼女はどこか意味深に繰り返した。
「ですが、どうやってたった一日でここまで? 馬車で三日はかかりますよ?」
「空を飛んだからな」
「……はい?」
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