第21話 努力は裏切らない

 ちょうど筋肉を破壊しまくり、その回復のために加護が無くなっている状態だったので、すぐにライナに剣で叩いてもらうことにした。


「やると言ったからには、私も本当に本気でやるぞ? 途中で泣き言をいうなよ?」

「もちろんだ」




 ――そして三十分後。


「も、もうやめてくれっ! これ以上は本当に死んでしまうっ!」

「まだだ。もっとこい」

「全身、血だらけではないか!?」

「安心しろ。。死ぬギリギリのラインを見極めることくらい、造作でもない。……今はまだ死ぬ五歩手前といったところか」

「とっくに叩いている私の心の方が折れているのだが!?」

「泣き言を言うな」

「それは私の台詞だったはずだぞ!?」


 なぜかライナの方が先に限界に達していた。


「やはり貴様はとんだドMではないかっ! くっ、こんな変態の訓練に付き合った時点で間違いだった!」


 それからさらに十分ほど殴られたところで、ライナがもう嫌だとばかりに剣を放り捨てた。


「ふむ。まぁこんなところでいいか」


 俺は全身ボロボロだった。


「ははは、さすがに痛いな、これは」


 思わず笑ってしまう。

 口の中が血だらけだったので、それだけで血飛沫が宙を舞った。


「……こんな訓練、見たことも聞いたこともない……」


 ライナは青い顔で地面にへたり込んでいる。

 剣士と言えど、普通は加護のお陰で血や怪我を見ることなどほとんどない。

 なのであまり慣れていないのだろう。


「しかし腹が減ったな。とりあえず朝食にするか」

「その姿で平然と食事を取ろうとするな!? 早く聖水を飲め!」

「その必要はないだろう。そのうち加護が戻ってくれば勝手に治る」

「……阿呆だ、この男……」


 心外だな。

 俺は至って当たり前のことをしているに過ぎないのだが。


《無職》の身で剣士の頂点に立とうとするなら、これくらいは当たり前なのだ。


「だ、だがこれで本当に〈頑丈〉スキルを習得できるのか?」

「無理だろう」

「な!?」

「今のだけでは、な。だからこれをあと……そうだな、は繰り返す必要がある」

「ひゃ、ひゃ、百回だと!?」


 目を見開くライナに、俺は言った。


「だからあと九十九回ほど頼むぞ」






「『やると言ったからには、私も本当に本気でやる』と言ってただろ?」

「あのときは貴様のイカレっぷりを知らなかったからだ! あ、あんなのを百回など、どう考えても正気の沙汰ではない!」


 朝食を終えた後、俺たちは再び訓練室に戻ってきていた。


 ちなみに俺の傷は治っていた。

 リリアに強制的に聖水を飲まされたせいだ。


 しかし聖水は高価である。

 これからあと最低でも九十九回は繰り返すのだ。

 その度に聖水を飲んでいたら、お金が幾らかかってしまうことか。


「そもそも、このやり方で必ず〈頑丈〉スキルを習得できるという保証などないだろう! スキルというのは、女神様の祝福だ! ゆえに人間が自力で身に付けられるようなものではない!」

「そうは言われても、現に俺は幾つも使えているだろう?」

「ぐ……」


 むしろ俺は不思議で仕方がない。

 ライナだけのことではなく、なぜこうも誰もかもが固定観念に捉われているのか。


 不可能かどうかなど、実際にやってみなければ分からないだろうに。


 無理。

 難しい。

 できない。


 そう断言することが許されるのは、実際にやってやってやってやりまくって、それでも駄目だと自ら確かめた者だけだ。

 やる前から不可能と断ずるなど、愚かとしか言いようがない。


「その剣、少し貸してみろ」

「? いいが、貴様には重すぎるぞ?」


 俺はライナの剣を受け取る。

 確かにかなり重い。

 通常の何倍もの重量があるだろう。

 だがまぁ、これくらいなら問題ない。


 ブンブンブン!


「なっ……!? 貴様、なぜ普通に振れる!? しかもその速さ……っ! 〈怪力〉スキルのある私だからこそ、そこらの剣士と遜色ない速さで斬撃を放てるのだぞ!?」

「〝双刃斬り〟」


 ブブンッ!


「まさか、その剣で〈双刃斬り〉を……っ!?」

「いや、今のは失敗だ。さすがにまだこの剣での〝双刃斬り〟は難しいな。だが、いずれできるようになる」

「なぜだ!? なぜ《無職》の貴様がっ……」

「当然、俺には〈怪力〉スキルなどない。しかし筋力を鍛えることはできる」


 その方法はもちろん、


「筋トレだ」

「筋トレ……?」


 こいつ、筋トレを知らないのか?


「筋力を上げるためのトレーニングのことだ。人の筋肉は鍛えれば鍛えるほど、より強くなるからな」

「そ、それくらいは知っている! だが……そんなもの……」

「〈怪力〉スキルという〝才能〟の前には無意味、か?」

「……」


 ライナは口を噤む。

 どうやらようやく自分の強固な思い込みに気づき始めたらしい。


「先日お前と再戦して以降、俺は毎日欠かさず筋トレをしてきた。例えば、片手で逆立ちをし、そこからの腕立て伏せ。それを|」

「一万っ!?」

「その結果が、これだ」


 俺は服の袖を捲り、腕部を露出させる。

 力を込めると、筋肉がムキムキと膨張した。


「~~~~~~っ!?」


 ライナは唖然としている。


「ふむ。そこそこ良い感じに付いてはきたが、まだまだだな。まぁ一週間と少しではこんなものだろう」


 かつては〈敏捷〉スキルを習得するため、毎日一万本ダッシュをしていたが、あれは確か三か月くらいはかかったと思う。

 敏捷力は《剣姫》に必須なのだ。


「要するに何が言いたいかと言うと。努力は裏切らない、ということだ」

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