第20話 てっきりマゾヒストかと
チュンチュン、と小鳥の囀りが聞こえてくる。
カーテンから差し込む朝の爽やかな日差しの中、俺は目を覚ました。
「ん?」
すぐに半身が何か柔らかな感触に包まれていることに気がつく。
視線を転じると、隣で真っ裸のリリアが寝ていた。
長い睫毛に縁どられたその瞼が、ゆっくりと開く。
「……おはようございます。昨晩はとても激しかったですね、あ、な、た❤」
俺は彼女の顔面を片手で掴むと、思いきり握り潰そうとする。
「ぎゃ――――っ!? ちょっ、頭が!? 頭が割れちゃうぅぅぅっ!? ギブギブギブ!」
即座にギブアップを宣言してきたので、仕方なく解放してやった。
リリアは涙目で叫ぶ。
「何するんですか!?」
「それはこっちの台詞だ。何でお前がベッドに寝ている。しかも裸で」
「まさか昨晩のことを忘れちゃったんですか!? あんなにわたしのことを愛してくだ――――あっ、ちょっ、嘘です! だから乙女の顔にアイアンクローはやめてくださいっ!」
「だったらとっとと服を着ろ」
もちろん俺とこいつの間に、何かあったということは一切ない。
そもそも祝勝会で飲みまくったこの女は、泥酔して店で寝てしまったので、ライナがここ本拠地まで運んで帰ってきたのだ。
そのままこいつは自室のベッドに寝かされたはずである。
「うぅ……覚悟を決めて色仕掛けを決行した乙女に対して、まさか平然とアイアンクローをしてくるとは……」
「実家のアホでちんちくりんな姉貴にもよくやっていたからな。むしろアイアンクローなんてかわいい方だ」
「お姉さんが可哀相過ぎる!」
いやどう考えても勝手に人のベッドに裸で潜りこんできたり、寝ている俺にキスをしようとしてきたりする方が悪いだろ。
「ていうか、アレルさん本当に15歳ですか!? 女体に興味津々、裸体を見たら獣のように襲い掛かるのが正常で健全な15歳男子のはずですよ!」
「俺に色仕掛けをするなら、あと最低でも10センチは胸を大きくしてから出直してこい」
「酷い!?」
喚くリリアを放って、俺は部屋を出る。
ここドラゴンファングの本拠地には幾つか寝泊まりできる部屋があって、俺は今その一室を借りている。
宿代が浮くのでその辺はありがたい。
軽く顔を洗ってから、俺は訓練室へと足を運んだ。
誰もいない広い空間。
さすが元トップギルドだけあって立派な訓練室なのだが、ギルドのメンバーが少ないので、ほとんどいつも貸切り状態である。
「さて、朝練だ」
右腕一本で逆立ちし、その状態から腕立て伏せ。
「一、二、三、四…………」
「九百九十六、九百九十七、九百九十八、九百九十九…………千。……ふう」
左右ともに千回の腕立てを終え、俺は一息つく。
とちょうどそこへ、訓練室に赤い髪の少女が入ってきた。
「ライナも朝練か」
「っ……そ、そうだっ」
声をかけると、彼女は目を逸らしてやけに上ずった声で応じる。
ふむ? 相変わらず随分と余所余所しいな。
やはりまだ俺に負けたことを根に持っているのだろうか。
せっかくの同郷の徒だ。
できれば仲良くやりたいのだが。
「ライナ」
「な、なんだっ?」
「ちょっと鞘を付けたままの剣で俺を殴ってくれないか?」
「貴様は一体どんな性癖の持ち主なんだ!?」
……性癖?
何のことだ?
「恐らくライナが一番適任だろうしな」
「わわ、私はそんなことをして楽しむような人間ではないぞ!?」
「……? そんなことを言わずに手伝ってほしい。ライナの力が必要なんだ」
「そ、そこまで私に執着するのか……っ!? 昨日の発言といい、まさか貴様は私のことをっ……」
なぜか顔を真っ赤にするライナ。
「い、いや、べべ、別に嫌というわけではないがっ……そのっ……や、やはり最初はノーマルな形から入るべきというか……いきなり特殊過ぎるのは……」
「……お前はさっきから何を言っているんだ?」
「おかしなことを言ってるのは貴様の方だろう!? わ、私に殴られて快感を覚えようとしている変態めっ!?」
ふむ。
とりあえず何か盛大な誤解があるようだ。
「お前の《剛剣士》は〈頑丈〉というスキルを習得できるだろう? 俺はそれを再現しようと考えている」
「〈頑丈〉スキルを……?」
「頑丈――すなわち、〝打たれ強い〟ということだ。そして打たれ強くなるには具体的にどうすればいいかというと、〝加護のない状態で攻撃を受け続けること〟だと俺は考えている」
さらに効率を考えると、できる限り攻撃力の高い人間に手伝ってもらうのがいい。
だから《剛剣士》のライナが適任なのだ。
とは言え、さすがに真剣で斬られると死ぬので、鞘に納めた状態で殴ってくれるよう、俺はお願いしているのである。
「そ、それならそうと早く言え! 変な勘違いをしてしまったではないか! て、てっきりマゾヒストかと……」
「それは謝ろう。で、手伝ってくれるか?」
「……い、いいだろう。だが、そんな普通のやり方で〈頑丈〉スキルを習得できるとは思えないがな。もし本当に可能ならば、とっくにどこかの誰かがやっているだろう」
軽く鼻を鳴らして、ライナは「不可能」と断ずる。
「確かに、普通に攻撃を受け続ける程度では難しいだろう」
「そうだろう」
「だから普通に、ではなく、
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