第19話 いい加減にしやがれ

「いやぁ、負けたブラックブレードのギルマスの忌々しげな顔ときたら! くくくっ! あれを肴にワインボトル一本はいけますよ!」


 よほど恨みつらみが溜まっていたのか、リリアは意地の悪い笑い声を上げる。

 あの試合後、またブラックブレードのギルド長に会ったのだが、確かにかなり悔しそうだった。

 こちらをチラリと見ただけで、何も言わずに去っていったしな。


 ギルド対抗戦に勝利した俺たちは今、本拠地へと戻って来ている。


「俺たちというか、結局、俺しか戦わなかったがな」

「そんなことはどうでもいいですっ! どのみちわたしたちではA級剣士に勝てなかったでしょうし! ねぇ、ライナ!」


 いきなり同意を求められたライナは、「え? あ、うん……」と曖昧に頷く。

 そんな彼女の反応など意に介さず、テンションの高いリリアは俺の腕に絡み付いてくる。


「ふふふふっ、これで借金は完済、本拠地は売らずに済み、それどころかお釣りがくるほど……っ! アレルさん、本当にありがとうございます!」

「暑苦しいから離れてくれないか?」

「照れないでくださいよぉっ! こんな美人のお姉さんに抱擁されて、嬉しくない男がいるはずありません!」

「自分で美人とか言うな」

「いいんですよ? 若い欲望をお姉さんにぶつけていただいても?」


 色っぽい笑みを浮かべながら、リリアは俺の腕に胸を押し付けてくる。

 生憎と貧乳なので大して気持ちよくない。


「(……アレルさんがいれば、うちのギルドは安泰……絶対に逃すわけにはいきません……そして一見硬派そうに見えてアレルさんとて男……女の色香で籠絡すれば……いえ、ここはもういっそのこと……)」


 内心で何やら企んでいるようだが、聞こえているからな。


「アレルさん! わたしと結婚してください!」

「断る」

「即答っ? こんな美女に求婚されて悩む素振りすら見せないんですかっ!?」

「むしろなぜ悩む必要があるのか」

「酷い!? これでも〝美人だけど残念過ぎる剣士〟として新聞に載ったこともあるんですよ!?」


 その売り文句は名誉なことなのか?


「わたしの何がいけないんですかっ?」

「俺のタイプではない」

「がーん」

「どちらかと言うと、俺はライナのような女性の方がいい」


 リリアと違って、ライナは胸が大きいからな。

 女性の最大の魅力は乳だと俺は思っている。

 そしてそれは大きいほどよい。


「なっ……何を言っているんだ、貴様!?」


 ライナが声を荒らげた。


「じょ、冗談はやめろ! 私をからかっているのか!?」

「冗談ではないぞ? 先日も言った通り、ライナは美人だからな」

「っ!?」


 まさか少年だと思っていた赤髪が、これほどの美人に成長しているとはな。

 未だに驚きを禁じ得ない。


「ば、ば、馬鹿にするなっ!」

「? なぜ馬鹿にしていることになる?」

「決まっている! わ、私が美人だなんて、そんなことあるわけがないからな! ずっと剣しか振って来なかったし……お、男みたいだって言われて育ってきたんだ! そ、それにリリナと違って、化粧すらしたことがないっ」


 別に化粧なんて必要ないと思うのだが。


「じとー」


 と、なぜか擬音を口に出しながら、リリアが俺とライナのやり取りを半眼で睨んでいた。


「ごほんげほんごほん! ともかく!」


 ワザとらしい咳を吐き出し、強引に会話に割り込んでくるリリア。


「今日は皆でぱーっと飲みましょう! なんにせよ、このギルドを守ることができたんですから!」

「言っておくが、俺はまだ酒を飲めないぞ」

「私もお酒はあまり……」

「だったら美味しいものを食べましょう! もちろんギルドの奢りです! たくさん儲けさせていただきましたからねっ!」


 ふむ。

 タダで食えると言うのなら、ありがたく食わせてもらうとするか。


「……ったく、うるせぇな」


 そのとき、酒を飲んで酔っ払った片腕のおっさんが入ってきた。

 リリアの父親で、ここの元ギルド長だ。


「お父さん! 訊いて下さいよ! わたしたち、ドラゴンファングに勝ったんですよ!」

「ああ? はっ、どうせ二軍か三軍だろうが」

「ち、違いますよ! もちろんベストメンバーではないですけど、A級剣士を四人出してましたし!」

「……」


 おっさんは胡乱げな視線を娘へと向ける。


「い、いえ、わたしは大して活躍しませんでしたけど……」


 大してどころか、何もしていないぞ。


「あ、アレルさんのお陰です! A級剣士を一人で四人抜きされたんですよ! アレルさんがいれば、うちのギルドがかつての活気を取り戻すのも時間の問題です!」

「……考えてみろ、リリア。そんな奴はな、他の有力ギルドが黙っちゃいねぇ。これから好条件での引き抜き合戦だろう。……いつまでもこんなところにいると思うか?」

「なっ……そ、その心配はないですよっ! だってアレルさんはわたしと結婚しますから!」


 おい、勝手に決めるな。

 そんな約束した覚えはない。


 しかしそれはそうと、このおっさん、見ていて無性に腹が立つな……。


 俺はつい口を出してしまった。


「まったく。いつまでそんなふうにイジけているのか?」

「……んだと?」

「腕の一本や二本、失ったところで剣は振れるだろうに」


 いや、二本だと少し難しいか。

 口や足で振るという方法も考えられなくはないが、それなりに戦えるようになるには時間がかかりそうだ。


 そう考えると、片腕があるだけ遥かにマシだ。


「てめぇに何が分かる……ッ?」


 おっさんは声を荒らげ詰め寄ってきた。

 それを慌てて止めたのはリリアだ。


「お、落ち着いて下さい、お父さん……っ!」

「邪魔すんじゃねぇッ」

「きゃっ?」


 リリアは押し退けられ――――キレた。


「……いい加減にしやがれっ、このクソ親父がぁぁぁッ!」

「ぶっ!?」


 本性を露わにした彼女の右ストレートが、おっさんの顔面へクリーンヒット。

 おっさんは気を失い、地面に崩れ落ちた。


「……………………さて! それでは祝勝会に行きましょうか!」


 何事も無かったかのように、リリアは告げた。


 ふむ。

 この女、やはりなかなか図太い神経の持ち主だな。

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